第1話 天使が見た2日間 2

 気が付くと朝だった。目覚ましが鳴る1分前に起きたらしい。

「おや、起きたみたいだね。おはようございます、青野君」

「は?」

 いきなり声がかかって焦る。自分の部屋を見渡すと、ドアの前に少女がいた。目を引くのは金髪の長い髪。童顔で150センチはないだろう身長に似合ってない。ただ、体つきはそこそこ成長の様子が見られていて、およそ同年代に見える。あるいは少し年下といったところか。なぜか青野と同じ学校の制服を着ているが、学校は進学校だからあまり染髪するような生徒はおらず、こんなに目立つような生徒がいれば気づくはずなので、うちの学生ではない。

「私が見えているよね」

「はい」

 寝ぼけていることもあるが、何を言っていいかわからず、青野はそれしか言えなかった。

「私はリキエル。よろしく」

 と金髪少女は名乗った。

「どうも、青野悠です」

「ん。ところで、青野君。今日は青野君にとってスペシャルな日になります」

「はあ」

「大体のルールについてはこれに書いたので、私の説明が終わったら目を通しておいてね」

 とB5サイズのノートを手渡された。

「青野君は、今日を、自分がこれでいいと思える1日を手に入れるまで、繰り返すことができます。

 これで満足だと思ったら、次に変わってあげる人を指名することもできるけど、選ばれたことのある人はダメ。決められなかったら私が勝手に決めるから、相手がいなくて困る場合は安心して構わないわ」

 青野はキョトンとすることしかできない。ふと、一つ疑問が湧いたので、それを聞いてみる。

「リキエルさんは、天使なんです?」

「確かに、そういう噂は流れてるみたい。どうなんだろう。私は、そうね。天使か人間かの二択だったら、きっと人間ではないから天使に所属するものかな」

 あの噂は本当のことなんだと、青野は思った。

「繰り返すことができる1日だから、私はまず、いつも通りに送ってみることを推奨しているけど、今回は、前の人が厄介なものを青野君に押し付けてきたから、ちょっと難しいわね。どうしましょう。白石さんへの返事は決めているの?」

「まあ、おおよそは」

「じゃ、一回目はそれでいって、今日という一日はいつも通りに過ごすとどのようになるか、探ってみる、というのもありだと思うわ。とりあえず、学校の準備して、暇があったらルールブックにでも目を通しておくといいわ」

「リキエルさんはついてくるの」

「もちろん。行く当てもないし、暇だし」

「そう」

「もしかして、プライバシーとか気にするタイプ?」

「気にならないってことはないと思うけど、今日だけなんだよね」

「そう、今日だけ。と言っても、何度今日が来るかは青野君次第だけど」

「了解」

 青野は平常心を心掛け、両親とともに朝ご飯を食べ、学校へと向かう。

「青野君、あんまり驚かないんだね、つまらない」

 とリキエルはちょっと恨めしげに言った。

「まあ、今回の青野君のは、前の人に縛られてて、ちょっとかわいそうだなとは、思うけど」

 とボソボソとリキエルは言った。


 いつもより遅めの登校になった。家を出て、人通りがあるところも歩いたが、隣にリキエルがいるというのに、そちらに周りの目が行くことがなかった。こんなに目立つ金髪の少女がいるのに、まるで見えていないようだった。

「もしかして、リキエルさんって僕にしか見えない?」

「そうだ、言ってなかった。私は今日を繰り返す人にしか、つまり青野君にしか見えないよ」

「やっぱり」

「だから、今の青野君は不気味な独り言を言ってる不気味な人になってる」

「あっ」

 と言って、青野は話すことをやめた。

「まずは、ノートを読んでみるといいよ。みんなそれを読むと落ち着いてくれるから。協力してくれた人に感謝感謝」

 とリキエルは両手を合わせていた。天使も何かを信じることがあるのだろうか。

「おはよう、青野君」

 とそこに声がかかった。

「ああ、おはよう、白石」

「あはは、えっと、じゃあ、またあとで」

 と言って、白石は青野を抜いて駆け足で学校に行ってしまった。少し恥ずかしそうにしていたから、告白したことに対して、何かしら思うところがあったのだろう。

「言っておくけど、白石さんは、告白したことは覚えていて、今日中に答えをくれ、と言ったことも覚えていると思うけど、昨日を繰り返したことは覚えていない……はずだから、その辺は注意してね」

 何に注意をすればいいのか、と思ったが、声を出すとまた不審者になってしまうので、やめておいた。

 教室に着いて、目があった友達にあいさつし、昨日席替えとなった、『主人公席』に座る。いつもと違う席に座ったこともあり、ちょっと視点が違うなと周りを見渡すと、隣の白石と目があった。少し、気まずそうな顔をしていた。

「あはは、どうも、青野君」

「ん、おはよう」

「あの……」

「あー、そうだね。放課後まではごめん、考えさせてもらえるかな」

「わかった。ごめんね」

 と白石は謝った。正直、謝りたいのは自分の方だと青野は思った。とりあえず、繰り返す一日、というものが何なのか、ということの方が興味を引いていて、告白のことを後回しにしてしまっていることが、少し申し訳ない。

「うす」

 と遠野が声をかけてきた。

「おはようさん」

「ごめん、ちょっとうっかり筆記用具を家に忘れてきちまったんだ。シャーペンと消しゴム、予備があったら貸してくんない?」

 予備のそれらを遠山に渡す。

「いや、助かった。感謝感謝、昼休みにでもジュースおごるわ」

 と言って遠野が自分の席に戻っていくタイミングで始業の合図が鳴った。その『感謝感謝』というフレーズは、今日のどこかではやっているのだろうか。

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