天使といた1日
浮立 つばめ
第1話 天使が見た2日間 1
6月が開けて、テニス部の3年の最後の大会を終えたのは1週間前だっけ、と青野悠は振り返る。レギュラーを掴み取り団体戦の3人目のシングルスのメンバーだったこの初夏。個人戦では三回勝って、もう一つ勝てば地方大会出場だった、地区予選のベスト16まで進んで終わった部活という青春。ただ、テニスをするだけでは、モテモテになって彼女ができるわけでもないのだなとか、そんなことを考えたりもした。そして次はやっぱり進学かなと思っていたある日、青野にちょっと不思議な一日が訪れた。
この日、別に特別とてもかわいいとかすごく美人とか、そういうわけでもないクラスメイト、白石琴子と妙に接点がある日だなと青野は思っていた。
白石とは今年になって初めて同じクラスになったが、彼女もテニス部に所属していたから、ちょっとは話したことがあったし、別に嫌いなわけでもなかった。意識していなかった、ということが適切であろう。友達か、と聞かれると、難しいラインだ。仲が悪いわけではないから、教科書を忘れてしまったときに、隣の教室をのぞき、頼ろうと思った同性の友達が見当たらなく、困ったときに教科書を白石から借りたことがある。そういう意味では、ある程度、友達ではあるのだろう。連絡先も部の連絡用に知っている。雑談なんかを会えばする程度だった。
青野はこの日、まず登校時に、白石とタイミングが合った。部活を引退してからは朝練もなく、登校の時間が一定にならずふらふらしているので、特定の誰かと登校するといった感じにならないが、今日は白石と徒歩で十分ほどの通学路を歩くことになった。このときの会話の内容は、テニスをやめて、その時間で今は何をしてるか、とかざっくりとした進路の予定だとか、テニス部の次のレギュラーは誰だろう、とか、そういった感じだった。何度か、もうすでに聞いたことがあるような感じの受け答えを白石はしていたような気がするが、青野自身には同じ話を彼女にした覚えはないので、妙だった。
次に昼休み。白石と廊下でぶつかった。これは完全に不意を突かれた。
「だ、大丈夫ですか」
と青野はぶつかった相手がわからずに聞いた。
「大丈夫、大丈夫だよ青野君」
と声がかかったところで、白石だと気が付いた。白石はお弁当を抱えて、でもその弁当箱は横に倒れていた。
「白石、ごめんな。ああ、弁当横になっちゃってるか」
「……そうだね、お弁当、横になっちゃった。けど、横になっただけで食べられないことないけど」
青野は、彼女がこういうことがあればすぐに謝りがちな性格をしている人だ、と思っていた。しかし、、彼女らしくない不自然な恨みがましげな言い方をされて、少し青野は戸惑ってしまった。慌てて、お詫びの提案をしてみることにした。
「そうだ、今から学食に行こうと思うんだけど、よかったらお詫びになんかおごるからさ」
「そう、いうなら、じゃあ、お言葉に甘えようかな……あっ、だったら、このお弁当の食べれそうなところは青野君、食べていいから」
ということで、白石と昼食を共にすることになった。何を話したかは、詳細まで覚えていなかった。ただ白石のお弁当がおいしかったことは覚えていた。卵焼きと、鶏のから揚げと、ほかにいろいろと入っていた。女子の弁当にしては少し脂が多いような印象を受けたが、彼女もスポーツをしていたから、明らかな違和感、というほどではなかった。ただ、この後起こった出来事が、衝撃がでかすぎて、そこでの話は些末なほどだった。
そして、放課後。席替えをしましょう、とクラス委員長が言って、席替えが行われた。
運がいいのか悪いのか、一番後ろの窓際という席になった。友達の遠野徹に、
「おや、おまえ、主人公席じゃん」
と言われた。
「そうだね。遠山はどこ」
「あそこ」
遠野は教壇の前の席を指した。
「ああ、後ろのやつ災難だな」
遠野は運動部でもないのにガタイがいい。後ろに小柄な女子でも来たら、黒板が見えにくくて仕方ないだろう。
「そうかもしれないから、後ろが女子だったらそれ言い訳にして変わってもらうわ」
「そうした方がいい」
そんな会話をしたのは覚えている。なんで、昼までの白石との詳細な会話は覚えられてないのに、こんなくだらないことは覚えている。
青野の隣には白石が来ることとなった。席を移動して、声をかけた。
「よろしく」
「よろしくね、青野君」
白石は、少し嬉しそうに言った。どこか、何かをやり遂げた風だった。やったことは席決めのくじ引きだけだった気がするが。いや、確かに、後ろの方の席、というのは目が悪いとかいうことがなければ結構いいポジションだから、自分も嬉しくはある。何せ主人公席である。ここから自分の物語が始まるのだろうと思うと、すこしワクワクする気持ちが湧いた。
「そうだ、あとで話があるんだけど、いいかな?」
と白石は尋ねた。
「大丈夫だけど」
「知ってた」
少し不敵に白石が笑った。ちょっとドキッとした。大丈夫なのを知っていた、ということだろうか、変なことを言うなと思った。
「ここに、この時間に来て」
と言って、紙を渡された。席替えの終わりと同時に下校となって、白石は「じゃあ、また」と青野に声をかけて去って行った。どこに行ったのだろう、と思ったが、まずは紙を開くことにした。いつ、どこに行かなければならないかを把握しなければならない。無理なら連絡を入れよう、そう思いながら渡されたメモを開いた。
『 今日の17時、屋上で待っています 』
なるほど、と青野は思った。なるほど、これは、もしかしたらもしかするのでは。
このときの青野は、いや、どうしようか、そうだったとしたら、ううん、白石か、ああ決められねえな、とか自分でも失礼だなと思うことを考えていた。そして、何の話かも分からないのに舞い上がるのはどうかしている、落ち着け、と自分に言い聞かせた。
階段を上り、屋上へ。少し重い扉を開いた。
そこには、白石がいた。
「あっ、来てくれたんだ、青野君。よかった。ここまでは確かめてなかったから、ちょっとドキドキしてた」
と、白石は妙なことを言った。振り返れば今日の白石は引っかかる発言をよくしていた。
「そうだね。まあ、あんな手紙もらったか誰でも来るんじゃないかな」
「そうかな、不審だと思ったら来ないよね。だから、青野君は私のこと、不審だと思ってなかったということだから、やっぱりよかったよ」
白石は嬉しそうに言う。
「青野君、聞いてほしい話があるの。二つ。いいかな」
「話の内容による」
と、ぶっきらぼうに言ったが、青野の心臓はいつもより倍の速度で血を全身に送っていた。
「じゃあ、一つ目。
私、白石琴子は、青野悠君のことが、……あー、その……好きです。よかったら付き合ってください」
少し、恥ずかしそうに白石は言った。
「ごめんね、つっかえて。もう少しかっこよく言うつもりだったんだけど。あはは。さすがにこれは何度も繰り返したくはなかったから」
何を繰り返したのだろう。そう考えたところで、青野は気づいた。これは、最近よく聞く、あの噂なのではと。
「で、返事は、いやじゃなければ、明日聞かせてほしい。今日でも、明後日以降でもなくて、明日がいい」
「そうか。うん」
青野は少し考える時間が欲しいと思っていたから、思わずそれにうなずいてしまった。白石は、そんな様子に気づきながらも話をつづけた。告白したばかりだというのに、心の準備ができているのか、落ち着いていた。
「そして、もう一つの話なんだけど。青野君には、次の最高の一日を手に入れる権利を受け取ってほしい」
「どういうことかな」
「これは、次の日になればわかるよ。それを使って、私に答えを教えてほしい。青野君が良ければ、私を試したりしてもいい。それで、答えをください」
こんな噂を聞いたことがあった。
この学校の生徒には、一日だけ、最高の一日を手に入れる権利をもたらしてくれる天使がいると。
それは、もうすでに与えられているかもしれないし、これから与えられるかもしれないという。
なにせ、受け取ったものは、その記憶がない。
けれども、特別な一日にしようとしたものにとっては、いつもとは違う一日が、そこにはあるのだという。
これは、きっとそれで、白石はそれを使って、今日をもたらしたのだ。
「そうか。じゃあ、白石は、こんな一日でよかったのか」
「えっ」と白石は驚く。「そうだね、でも、ずっと、こうしなきゃと思ってたから、どんな答えでも、満足だよ」
白石は自信をもって、そう言った。
「だけど、できれば、青野君に、私のことを好きだと思ってほしくて、いろいろやってみたから。だから、青野君も、明日、いろんなことを確かめて、私に答えを欲しい」
「分かった」
と青野は答えた。
その日の夜は、若干寝つきが悪かった。
特別な一日をもらったものは、その日がどのように特別であったかを、覚えていない。
彼女は、ここまで自分に対し準備したことを、忘れてしまうのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます