第六十六話 桃源郷の仙人

 イスラエルを東に進むと、パルティアを始めとするインドの諸国にたどり着く。そこから山を越えた所に、既に二千年もの永きに渡り、国の興亡が繰り返される地がある。その時の国の名を、後漢ごかんと言った。そこに伝わる楽園に、最近新しい仙人が住むと言う。その仙人は、時々人里にやって来ては、悩める人々に言葉をかけてその苦しみを取り除き、山に帰るのだと言う。優れた房中術ぼうちゅうじゅつ《性技法》を司るその仙人に会う事が出来るのは、夫婦ではダメなようだ。ただ、その仙人が住む山に、何らかの理由で祝福されない恋人たちが入ると、彼等はその愛を認められ、夫婦として生活できる。

 カン、カン、と、世にも珍しい、骨の楽器を叩きながら、山籠もりの世捨て人が、そう歌っている。その瞳は涙に晴れて、蛇のように赤い。その世捨て人がやってくる山は、時折獣のような哭き声がする。人であることを忘れた仙人の声だと、その世捨て人は言う。何のために哭くのか、と問うと、決してゆるすことの出来ない罪の為に哭くのだ、と言う。









 今日後漢と言う国は存在せず、そこは中華人民共和国と言う国になっている。その国には古来より、様々な宗教が伝来し、発展してきた。

 その中の一つに、メシアの教えがあったのではないか、という言い伝えがある。仏教における真言密教は、その影響を顕著に受けた形跡がある、という分析である。

 メシアの愛は普遍である。その故に、言語や文化の壁を持たない。

 イスラエルという西の海の国から、後漢という東の海の国まで、徒歩で行くには余りにも遠い、地の果てまでの距離を、信仰一つで歩けるものか、と、人々は言うかもしれない。

 しかしその信仰を、愛と言い変えたら、人々は分かるかもしれない。

 愛する人間の為に、人としての生を捨てるまでに愛された人間は、きっと生涯、幸せなのだろう。

 例えそれが、人に裁かれるものであったとしても、神は裁きはしないのだから。


【双子の男 完】

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