最後の記憶
暑い、虫の鳴く声が聞こえる。ゆっくりと目を開けるとコンクリートの上に倒れていたようだったが、自分の体温で熱くなっている事から考えると長いこと倒れていたようだ。スマートフォンを取り出し、時刻を見ると7月24日日曜日の2時28分だった。そこで思い出した、確かにあたしはラビーに乗り自宅に帰った、はず…?なのに、何故今あたしはココに居るの?スマートフォンから目を動かし前を見ると、そこにはボロボロの柱に【偽斑 ぎまだら】と書かれている。そこで思い出した、腹、腹の傷は!?自分の腹を見ると白いシャツに大きな木でも刺さったかのような破れた大きな穴が空いているが、傷がない。一つ一つ思い出していく。偽斑駅に着き灯りを目指し歩いた、そこでは血だらけの小屋があり写真を撮っていると人が近づいて来る気配がして急いで窓から出て林に向かって歩いた。その時に腹を背中から貫通して、血が…。しかし起きたら見知らぬ部屋で寝ていた、そこでは傷がなくなっており、穂乃果に始発が動き出す時間だからと偽斑駅、そう、偽斑駅に戻って品川駅まで戻れたんだ。それで横浜まで帰りラビーに乗って家まで帰ったら激痛が走り腹が赤く染まっていき…記憶があるのはそこまでだ。あの時あたしは死んだの…?頭が真っ白になっていくが、突如鳴り響いた着信音で我に返った。【着信 木島穂乃果】スマートフォンの画面にそう表示されていた。急いで電話に出ると穂乃果の声だが何を言っているかわからなかった。
「綺羅、早く起きて、綺羅、綺羅…」
そこで電話が切れ、何度かけても穂乃果が出ることはなかった。わけがわからないが暗闇を見ていると灯りの漏れている小屋の他にも数軒の建物があるのがわかった。スマートフォンの明かりは使わず、暗闇に目を慣らしながら小走りで、しかし足音はあまりたてないように一番近くに見えていた小屋にたどり着いた。木で出来た扉は少しだけ開いていた。そこでようやくスマートフォンを取り出しライトをつけ、中を見てみると物置小屋だったのか、箒や斧、そして日本刀まであるではないか。カバンの中にある書類やノートを床に捨て、斧と短剣のようなものを入れた。そして日本刀を握りしめたが、こんなものは要らないと、鞘を捨てて小屋を出ようとした時扉が開いた、瞬時に斜めに刀を振り下ろす。ベチャっと音を立てて顔に液体がかかった。人影がドサリと音を立て倒れた。逃げようとしたその時だった。
「き…き、ら…綺羅、私をころし、た…ら、帰れない…よ」
穂乃果の声が、倒れている人影から聞こえてきた。刀を落とした。スマートフォンで照らすとその人影はばっさりと胸元が切られた血だらけの穂乃果がいた。何が起こっているのかわからず穂乃果を抱き上げてなんとか血を止めようと必死に自分のシャツを脱ぎ、一番大きく開いた傷を閉じるように袖を使って締め付けた。どうしてここにいるの?電話に出てくれなかったのはなんで?ごめん、ごめんね、そう言いながら抱きしめると穂乃果が口を開いた。
「綺羅…帰ってきて、ほし…かった…ま、た、吞みに行き…たかっ…た…」
いつのまにか流れていた涙に触れていた穂乃果の手が、腕が、だらんと落ちてその後穂乃果が口を開くことはなかった。同時に意識が薄れていく、幼いころ初めて穂乃果に話しかけられた日から、映画を観ているように自分の人生が、記憶が、頭の中で流れていく。意識が完全になくなるその最後に観たものは、穂乃果があたしの手を握って叫んでいた。何を言っているのか聞こえないが、こう返事をした。
「穂乃果、8月2日の土曜日、久しぶりに吞みに行こうよ…」
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