第96話 拒絶反応

「来い! 【失楽聖女ブラックマリア】!!」


 ユースティアが呼び出したのは己の【罪姫アトメント】。純白の剣と漆黒の銃。長年使い続けて来たユースティアの相棒とも言える武器だ。

 その力は他ならぬユースティアが誰よりも知っている。数多の魔人と戦いの中でも活躍してきたのだから。

 魔神であるドートルと戦うためにユースティアが【失楽聖女ブラックマリア】を呼び出すのは当然とも言えることだった。

 しかし——。


「っぅ!」


失楽聖女ブラックマリア】を握るユースティアの手に焼けるような感覚が走る。そしてそれは幻覚などではなく、実際にユースティアの手は【失楽聖女ブラックマリア】によって焼かれていた。


「やっぱりこうなるか……」


 それは、【失楽聖女ブラックマリア】の拒絶反応。

 これまでユースティアを主として認め、力を貸していた【失楽聖女ブラックマリア】がユースティアのことを拒絶したのだ。原因は言わずもがな、今のユースティアの状態にある。

 元々【罪姫アトメント】とは魔人と戦うための武器。それを魔神と化したユースティアに仕える道理が無かったのだ。

 それでも顕現させることができたのはまだ人としての部分が僅かに残っているからなのかもしれない。

 戦闘聖衣に至っては展開することすらできなかった。


「【失楽聖女ブラックマリア】……お前の気持ちはわかる。私がお前の立場なら同じ反応をしただろう。でも、今は……今だけは、私に力を貸せ!」


 そんなユースティアの言葉が届いたのか、完全ではないものの【失楽聖女ブラックマリア】からの拒絶反応が僅かに弱まる。


「それがわたしに対する奥の手であると。なるほど、【罪姫アトメント】でしたかぁ。厄介な代物ではありますが……まさか無理やり従わせるとは。それでも、意味があるとは思えませんがねぇ」

「意味がないかどうかはお前の身でもって確かめろ」


 その次の瞬間、ドートルの正面にいたユースティアの姿が忽然と消える。


「これは……なるほど」


 音もなく側面に現れたユースティアの銃撃を冷静に防ぐドートル。しかし防いだと思ったその時にはすでにユースティアはさらに反対側へと回りこんでいた。

 同じように受け止めようとしたドートルだったが、僅かに反応が遅れる。

 ユースティア蹴りがドートルの顔にまともに入り、ドートルが吹き飛ばされる。


「…………」


 今の一撃で口の中が切れたのか、口から零れる血を拭うドートル。平然とした顔をしている辺り大したダメージは入っていないのかもしれないが、それでも確かにユースティアが与えた初めてのダメージだった。


「……なるほど。そういうことですかぁ。いいですね、面白い性能です」


 これまでのデータ収集で、ドートルはユースティアの持つ【罪姫アトメント】の能力をある程度把握している。


「加速と減速の能力……ユースティア様自身には加速を、そしてわたしには銃撃を防いだ際に減速を付与したと」


 自身の反応が遅れた理由を冷静に把握するドートル。

 単純でありながら極めて厄介な能力。それがユースティアの持つ【罪姫アトメント】の能力の一つだ。


「怪我をしたのは久しぶりな気がしますよ。あぁやだやだ。痛いのは嫌いなんですよねぇ」

「………」


 一撃入れられたというのにあくまで余裕な表情を崩さないドートル。そして対するユースティアは、一撃入れたというのに表情は硬いままだだった。

 今の一撃、ユースティアは蹴り殺すつもりでドートルのことを蹴った。だというのに、ドートルは多少の怪我は負ったものの平気そうな顔をしている。

 高すぎる防御力。それがドートルの何かしらの能力に起因するものなかそれとも単純な魔神としての身体能力の結果なのか。それはわからない。しかし、普通の攻撃が効かないことだけは明白だった。


「とはいえ、少しばかり面倒にもなってきました。わたしは基本的に頭を使うタイプなので。こういう荒事は正直苦手なんですよぉ。そろそろ戻って研究の続きもしたいですし……少々無理やりにはなりますが、終わらせていただきましょう」


 パンッと、ドートルが手を叩いたのと同時。ドートルの背後の空間が歪曲し始めた。


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