第94話 人の醜さ

「ドートル!!」


 頭上から聞こえてきたドートルの声に、ユースティアは誰よりも早く反応し、レインのことを弾き飛ばす。


「うわぁっ!」


 レインは不意のことに踏ん張ることができずにユースティアにイリス達の近くへ飛ばされた。


「まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは」

「おっと、君達には少しの間大人しくしていてもらおうかな——『罪鎖』」

「「「っ!?」」」


 『七水晶剣セブンスクリスタル』を発動しようとしたエルゼだったが、突然足元から伸びてきた鎖に動きを封じられる。レインとイリスも同様に鎖で動きを封じられ、身動きを取れなくされてしまった。


「っ、動けない……」

「力が抜けて……」

「な、なんだこれ」


 必死にもがくレイン達だが、地面から伸びる鎖はエルゼの力を持ってしてもびくともしない。


「ね、姉様……ぐっ……」


 エルゼ達のもとへ駆けつけようとするコロネだが、【罪姫アトメント】の能力を限界まで使った反動でまともに動くことができない。

 一瞬にしてその場にいたユースティア以外の自由を奪ったドートルは困ったような笑みを浮かべながらユースティアの元へといく。


「困りますよユースティア様。言ったでしょう。私はフィリア様からあなたを連れて帰るようにと言われているんです。それをまさか死のうとなさるとは」

「うるさい。私はお前達の言いなりにはならない」

「くふ……くふふ」

「なにがおかしい」

「いえ、申し訳ありません。別にユースティア様を嘲笑しているわけではないんですけどねぇ。ですが、ユースティア様も酷なことを。これまでずっと尽くしてくれていた従者に、自分のことを殺させようとするとは。彼の信条を考えれば胸が張り裂けそうになりますよ」

「思ってもないことを……」

「なぜそうまで魔神の血を嫌うのですか? それは選ばれしものの証明。魔人すら容易く超える力を手にした証だと言うのに。その気になればあの方の娘であるあなたはこの人間の世界を容易く滅ぼせる」

「そんなことはしない。こんな力……いや、この血ですら。私が望んだものじゃない」

「望もうと望まざると、すでにあなたは力を手にした。魔神としての力を。であればその責務は果たさなければいけない。それがフィリア様の血を継ぐあなたの義務です。そこにあなたの意思は関係ない。あまり我儘を言わないでいただきたいですねぇ」


 そうすることが当然であると、子供に言い聞かせるような口調でドートルは言う。


「だいたい考えてみてください。この人間世界にいったいどれほどの価値があるというのですか。互いの利益ばかりを主張し合い、我々魔人という脅威にさらされながらも未だ一つになることができていない。どうやって相手の裏を掻くか、どうすれば自分が相手の上に立てるか。それしか考えていないのが人類。そのためにどれほどの血を流してきたか」

「…………」

「本当の意味で我々が脅威だと言うのであれば、人類は一丸となるべきでしょう。違いますかぁ?」


 ニヤニヤとしながらユースティアに言葉を突きつけるドートル。そしてその言葉をユースティアは否定できなかった。

 これまで聖女として過ごすなかで、数えきれないほどそうした人間の醜い部分を見てきたか。


「その点、我々魔人は簡単ですよ。強者のみが上に立つ。本能に従い生きる存在。それが我々です。これこそ生命としてあるべき姿であると思いますがねぇ」

「……違う」

「? 何が違うと言うのですか?」

「確かにお前の言う通り人は醜い。その醜さはずっと見てきた私もよく知ってる。権力闘争による足の引っ張り合いもな。だがそうした裏切り、妬み、嫉みが積み重なって罪となり、人は魔人となる。そんな悪意の感情の中で生まれたのが魔人だ。そんな存在が人間の上位種だとは思わないし、思えない。それに——」


 ユースティアは一瞬だけレインへと視線を向ける。


「それだけが人じゃないことも私は知ってる」

「……なるほど。やはり彼ですか。やはり邪魔者のようですねぇ——そんな彼を消したら、ユースティア様も怒りに支配されてくれるでしょうかねぇ」

「っ!?」


 気付けばドートルの手には短剣が握られていた。そしてその目が捉えるのは鎖で動けなくされているレインだ。

 ユースティアにとって大事な存在だと認識したからこそ、その命を奪った時ユースティアがどうなるのかに興味を持ってしまった。

 

「死んでもらいましょう」


 そしてドートルの凶刃がレインへと襲いかかった。


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