第92話 取り戻した代償

「あぁあああああああっっ!!」


 ビクンと大きな叫び声と共に大きく体を跳ねさせたユースティアは、そのまま地面へと崩れ落ちる。


「…………」

「お、おいティア? いったい何が起きたんだ」

「わかりませんね。ですがこれは……」


 隣にやって来たエルゼは警戒を解かないまま、注意深くユースティアの動きを見ている。無際限に膨れ上がり続けていた『罪力』の暴走は止まった。しかし、それだけではない何かをエルゼは感じとっていた。


「まだ何が起こるかわかりません。リオルデルさんは下がってください」

「で、でも」

「彼女が目覚めたとは限りませんから。ですが好機でもあります。今のうちになんとか拘束して動きを封じてしまいましょう。そうすればいくらでも対処のしようがありますから」


 エルゼの拘束、という言葉に僅かな拒否感を覚えるレインだったが、この状況では仕方ないと意見を飲み込む。

 

「ま、待ってください。何か様子が変です」

「え?」

「っ! そこから離れてくださいリオルデルさん!」

「うわぁっ!」


 いち早く異変に気付いたイリスが警戒の声を飛ばす。それに続いてエルゼがユースティアの近くにいたレインのことを無理やり引っ張ってその場から離れる。

 そして次の瞬間、ユースティアの体から魔力と『罪力』が同時に噴き出した。まるで暴風のように吹き荒れる二つの力はレイン達に近づくことを許さない。


「こ、この力は……」

「いったい何がどうなってるんですか!」

「わかりません。ですがこのままにしておくわけにもいきません。『七水晶剣(セブンスクリスタル)』」


 七つの水晶の剣をユースティアに向けようとしたエルゼだったが、その動きが途中で止まる。


「これは……もしかして」

「力が……静まっていく?」


 ユースティアの体から放たれていた魔力と『罪力』が徐々に静まっていく。

 そして——


「——っっぷはぁっ!! はぁ、はぁはぁ……っはぁ……」


 水中の中でもがき続け、ようやく水面の顔を出したかのように何度も荒い息を吐く。

 そして再び目を開いた時、その目は黄金から真紅へと変化していた。それが指し示す事実は一つだけだった。


「……ティア?」

「はぁ……まtったく、お前が情けないから……おちおち休んでもいられない」

「っ、ティア!」


 思わず駆け寄るレイン。その後に続いてイリスとエルゼもユースティアの元へと向かった。


「ユースティア様……本当にユースティア様なんですよね」

「私は私だ。もっとも、今回ばかりはしてやられた形になるが」

「驚きました……まさか自力で出てくるなんて。正直望みはかなり薄いと思っていたんですが」

「ふん。そうだろうな。お前だけは本気で私のことを殺そうとしていた」

「そうでなければこちらがやられかねませんでしたので。色々と聞きたいことや言いたいことはありますが……どうやって出てきたんですか? もう一人のあなたは、あなたが出てくることはもうないと言っていましたが」

「……別に大したことはしてない。ただ、抵抗するのをやめただけだ」

「それは……まさか。でも、それではあなたは」

「それしか方法は無かった」

「…………」


 ユースティアの言葉から、一つの事実にたどり着いたエルゼは顔色を変える。まだその理由をわかっていないレインとイリスは頭に疑問符を浮かべることしかできない。

 そんな二人に対して、エルゼは無情な現実を告げた。


「彼女と、もう一人の魔神としての彼女……それは分かたれていた存在でした。ですが今回の一件で魔神として目覚めてしまい、もう一人の彼女が目を覚ましてしまった。その結果、ユースティアさんは彼女に囚われることとなったんです。抵抗しようにもできない状況のなか……ユースティアさん、あなたは選んだんですね。もう一人の自分と一つになることを」

「え、それって……」

「まさか……」

「……その通りだ」


 エルゼの言葉をユースティアは肯定する。

 魔神でとしての『ユースティア』と一つになる。そうすることでユースティアは、魔神としての己と対等な立場となったのだ。抵抗せず、受け入れ、そしてその先で魔神としての己と体の主導権を奪い合った。

 一か八かの賭け。だがユースティアは勝利した。勝利し、体の主導権を奪い返したのだ。

 しかしそれは、避けようのない一つの事実を現していた。


「私は魔神と一つになった。それはもう不可分なほどに。どうしようもないほどに深く。私達は一つに混ざり合った」


 ユースティアがレインにしたように魔神の力だけを封印する。そんな手段すらとれないほどに。


「今の私は聖女でもあり……魔神でもある」

「っ……そんな……」

「だからレイン、一つだけ頼みがある」

「頼み? わかった。オレにできることだったらなんでもするぞ!」


 何か策があるのだと思ってそう言ったレインだったが、ユースティアは小さく微笑みながら告げた。




「私のことを殺せ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る