第91話 仕えるのは

 『七水晶剣セブンスクリスタル』によるエルゼの猛攻をしのぎ続けていたユースティアは、自身の中で目覚めようとしていたユースティアが抵抗するのをやめたのを感じ、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ふふっ」

「何がおかしいんですか?」

「残念だが、『私』は諦めたみたいだな。人間としての『私』が目覚めるというお前達の儚き願いはすでに潰えたというわけだ」

「…………」

「嘘だと思うか? だが残念だな、希望というのはいつも儚く、そして潰えやすいものだ。私もまた『私』。そして魔神たる私にただの人間でしかない『私』が勝てる道理などあるわけがない」


 ユースティアはそれまでなんとか拘束を解こうと暴れていたもう一人の、人間としての自分が抵抗をやめたことを感じ、内心で笑みを浮かべる。


「私は選ばれし存在だ。私は母様の娘として、この世界を罪で染め上げる義務がある。その邪魔は誰にもさせない。たとえそれが私自身だったとしても!」


 母の……フィリアの役に立つ。それこそが今のユースティアにとっての最優先事項だ。それ以外の全ては些事でしかない。たとえ何を犠牲にしても、どんな手段を使っても、西大陸の全てを罪で満たす。そうすれば東大陸に押し込められているフィリアが世界の統治者になれるとユースティアは本気で考えていた。そしてそれこそが人類の進むべき道であると。


「選ばれし者だけが魔人となり、新たな楽園……理想郷の住民となれる。それこそが人類の進むべき道……選別の時だ」

「戯言を……」

「母様が、私達魔神が統べる世界に聖女は不要だ。お前達は新たな世界のための礎となれ」

「ふざけるなっ!!」

「レインさんっ!」


 攻撃を仕掛けようとしたユースティアの前に割り込んできたのはレインだった。止めようとしたイリスのことすら振り切って、傷だらけの体を引きずりながらユースティアの前に立つ。


「レイン……なりそこないの魔人か。今さらお前が私に何の用だ」

「お前に用はない。用があるのはティアだけだ。魔神としてじゃなく、聖女としてのな」

「ふんっ、まだそんな無意味なことを……言っただろう。人間としての私はもう抵抗することを諦めた。たとえどれほど呼びかけようが、何をしようがもう無駄だと。『私』が目覚めることはもう二度とない。もう少しすれば私は『私』を取り込んで、ようやく完全な力を取り戻すことができる」


 ユースティアが抵抗しなくなったことで、これまで『罪力』しか使えなかったのが、それに加えて魔力も徐々にではあるが掌握しつつあった。

 もしこのまま完全に魔力を掌握することができれば、ユースティアは『罪魔法』だけでなく普通の魔法も使うことができるようになる。

 現状ですら拮抗しているこの状況で通常の魔法すら使えるようになれば、まさしくユースティアは最強とも言える存在になる。そうなればいかにエルゼといえども止めることはできないだろう。


「諦めろ。だがそうだな……もし今のうちに私に忠誠を誓うなら今までと同じように私に仕えることを許してやろう。私がこの力を完全にものにすれば、お前を完全な魔人にすることもできるだろうしな。お前にとっても悪い話じゃないだろう。これからも私の傍にいれるんだからな」


 名案だと言わんばかりにユースティアは言う。

 しかし、それに対するレインの答えは一つだけだった。


「断る」

「……なんだと?」

「俺が仕えてるのは、我儘で、負けず嫌いで、自信家で、意地悪で……自分が世界で一番強いなんてことを本気で言っちまうよう……でも、誰よりも優しい……そんな奴だ。そんな奴だから俺はずっと一緒にいたんだ。俺の主はこれまでも、これからもただ一人、ティアだけだ!」

「だから私もユースティアだと言っている、いや、私こそが本当のユースティアだ!」

「違う! 同じ姿をしてたって、お前はティアじゃない。その体はあいつのものだ! だから、さっさと目を覚ませティア!」

「っ、無駄なことを……もういい。だったらお前も消えて——っ!?」


 右手に力を込めようとした瞬間、心臓がドクンと跳ね上がる。


「がっ……ぐぅ……こ、これは……ま、まさか……」


 鼓動は徐々に強くなり、ついにユースティアはその場に立っていることができなくなる。


「そんな……あり得な……ぁあああああああああああっっ!!」


 そして、彼女が目を覚ました。



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