第90話 囚われた私
「っ……」
頭の中で声が鳴り響く。誰かの呼ぶ声。
その声はガンガンと鳴り響いて……無視できないほどに大きくなっていく。
「だ……れ……私を……呼ぶのは……」
それは知っている誰かの声で……その声が深く深くへと堕ちかけていた私の心を呼び覚ます。
ゆっくりと目を開ける。そして気付いた。自分の体が鎖のようなもので縛られているということに。
「これ……は……そっか、そういえば……」
力を込めて引きちぎろうとしても腕にはまるで力が入らない。それどころか、力を入れれば入れるほど鎖に吸い取られていく。
「このっ……」
腕を振ってもガチャガチャと鎖が鳴るだけ。壊れる様子など微塵も無かった。
ダメだ。壊れない。それにここは……。
泥の中にいたように鈍っていた思考が少しずつはっきりしてくる。
そして私が目にしたのは——。
「っ、あれは……エルゼ!」
戦い続ける私自身とエルゼの姿。
しかもエルゼは【罪姫(アトメント)】の力を全力で解放している。そして、そんな彼女と戦う私は……。
「魔神……あの姿が、今の私……」
思わず顔を顰める。魔人よりもなお禍々しく、そして強い瘴気を放つ私の姿はまさしく私が憎み続けていたあの人の姿とそっくりで……。
「くそっ、なんでこんな……」
「ちっ、もう目を覚ましたか」
「っ! お前は……」
「おはよう『私』。そのままそこで永遠に眠り続けていれば良かったものを」
「誰がっ!」
目の前に居たのは魔神化した『私』の姿。こうして間近で見るとなおのことわかる。見た目ではなく、その身からにじみ出ている醜悪さが。
認めたくない話だけど、この醜悪さの塊みたいな姿をしてる『私』も、私自身だ。最初から……生まれた時から私の内にあり続けた。もう一人の……魔神としての『私』。
「そんなに怖い顔をするな『私』。自分自身をそう嫌うものじゃない。私も『私』なんだからな」
「うるさい」
人としての私と魔神としての『私』。どちらも私で、でも決して同じではない。人と魔はどこまで言っても混じることはできない。それはたとえ自分自身であっても同じことだ。私は『私』のことを受け入れないし、『私』もまた私のことを受け入れないだろう。
もし混じることがあるとすればその時というのは……いや、ありえない話だ。考える必要もない。
「見て通り私は今エルゼと戦っている。あいつらは『私』のことを呼び覚まそうと必死なようだな」
あぁなるほど。私が起きたのはそういう……エルゼの力で起こされたというのが癪だけど……まぁ背に腹は代えられない。起きれただけマシだと思うしかない。後は私自身はどうするかだ。
この体を縛る鎖をなんとかしないことには何もできはしない。
「ふふ、足掻いても無駄だ。その鎖は私の力で作り出したもの。力を使おうとすればするほど、力を吸い取り逆に私の力とする」
「っ!?」
「つまり簡単な話だ。お前が足掻けば私は力を増し、その力があいつらを傷つけることになる。ふふっ、あいつらはそんなことに気づきもしないだろうがな」
「…………」
なんとなく自分の体の状況は理解した。今現状目の前にいる『私』は魔力を使えない。私自身が魔力を掌握しているからだ。私がこうしてここに存在する限り『私』が魔力を使うことはできない。
でもそれを差し引いてもなおエルゼと対等に渡り合えるほどの『罪力』をこいつは持っている。今この瞬間も息が詰まりそうになるほどの『罪力』を振り撒いている。そしてその『罪力』に底は見えない。
そして皮肉なことに、『私』も私であるからこそ何を考えているかがわかる。わかってしまう。
このままエルゼと『私』が戦い続ければ、確実にエルゼが負けるということが。それだけじゃない。きっとそうなった時『私』の力は……。
ダメだ。そんなことはさせない。許さない。
でもこの状況じゃできることが……あれしかない。
「…………」
「ふふ、諦めたか。それでいい。『私』も私なんだからな。決着がつくその時まで妙な真似はしないことだ。そうしたら……あの男くらいは見逃してやろう」
「っ……」
「さぁ、それではあいつらに引導を渡してくるとしよう」
『私』はそれだけ言うと影の中へと溶けるように消えていく。おそらくエルゼとの戦闘に集中するためにもとの場所に戻ったんだろう。
ギリッと歯を食いしばる。でも今悟られるわけにはいかない。
体の主導権を奪われたこの状態でも、今の私にできることをするしかない。
そう……できることを。たとえそれが、最低最悪の手段であったとしても。
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