第89話 聖女と魔神の力

 2つの大きな力が真正面からぶつかり合い、巨大な爆発を巻き起こす。

 その爆発は離れた位置で戦っていたコロネとドートルのもとにまで届くほどで、コロネよりも近くにいたレインとイリスは飛ばされないように互いの近くに寄り、耐えるだけで精一杯だった。


「ぐぅ、大丈夫かイリス」

「はい、私の方はなんとか。でもこれは……」

「あぁ、凄まじいとか、そんなレベルじゃねぇな」


 爆発によって巻き起こった砂塵、それが晴れた頃には周囲の景色は一変していた。

 それまで残っていた家も、何もかも、全てが消し飛び、廃村があった場所はただの荒廃した更地へと変貌していた。

 エルゼとユースティアがただ互いの一撃をぶつけ合っただけでこの惨状だ。

 それだけ聖女と魔神の力というのは驚異的なものだった。


「ただ一発でこれだけなんてな……」


 魔人化している今のレインの持つ攻撃力は並大抵ではない。しかしそんなレインすら比較にならないほどの力をエルゼとユースティアは持っていたのだ。

 そんな人智をはるかに超えた力を放ったばかりの二人はその中心地で悠然と向かい合って立っていた。


「相殺ですか……さすがですね」

「ふん、それはこっちの台詞だ」


 今の攻撃による傷は互いになく、互いに二発目を放たんとその力を一か所に収束させ始めていた。


「もとは廃村とはいえ、ここまでにしてしまっては修復もなにもあったものではないですね。どう責任を取るつもりですか」

「はっ、やったのはそっちも同じだろう。私だけのせいにするな。むしろ更地にする手間を省いたことに感謝してほしいくらいだ」

「物は言いよう……ですが、反省の色が見えませんね。であれば私にも考えがあります」

「考え?」

「聖女として、何よりも同期として……あなたには反省を促す必要がありそうです。まずは手始めにしばらく私の仕事を手伝ってもらうとしましょう。やるべきことは多そうですからね」

「お前、いったい何を言って……」

「ですからもどってもらいます。まずはそこからです。そのふざけた力を鎮めることから……戻ってもらいますよ。いつものあなたに」

「は、ふざけるな。これが私だ。聖女であった私の方が——」

「私はあなたに言ってるんじゃありません。あなたの中にいる『ユースティア』に言っているんです。口を挟まないでください」

「なっ……お前……っぅ……」


 ドクン、とユースティアは己の心臓が脈打つのを感じていた。そしてそれはまさしくユースティアの中にいたもう一人の『ユースティア』によるものだった。


(クソ、そんなバカなことが……私は『私』を完全に抑え込んだはずだ。だからこそこれだけの力を行使することができて……)


「ぐぅっ!」


(暴れてる……まさか、今さら主導権を取り戻そうと……ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっっ!! やっと外に出てこれたのに、やっとあの忌々しい人格を抑え込めたのに、今さら……今さらっ!!)


「取り戻されてたまるかぁああああああっっ!!」


 ユースティアは己の中にいる『ユースティア』を抑え込むために、より一層、多くの力を無理やり引き出す。


「ふーっ……ふーっ……そうか。そうだ。お前達がいるせいだ。私の視界に人間が映るからだ。だからいつまで経ってもあいつが消えない。私の中にいるあいつに、もう一度深い絶望を与えるために……お前達を消さないと」

「消せませんよ」

「何を……」

「あなたは『ユースティア』であって『ユースティア』ではない。これまでの戦いでそのことを理解しました。たとえどれほど強い力を持っていたとしても、魔神だとしても。ただ力を振るうことしかできないあなたに私が……聖女が負ける通りはない。あなたに教えてあげましょう、聖女とは何かということを。だから——」


 『七水晶剣セブンスクリスタル』がエルゼの周囲に集まる。それはまるで天使の羽のようで……ある種の神聖さすら感じさせるほどだった。


「だから、いい加減目を覚ましなさいユースティア!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る