第84話 イリスの眼

 コロネとドートルが激しい戦いを繰り広げているその近くで、レイン達もまたユースティアと戦っていた。


「ちっ、鬱陶しい!」


 レインからの銃撃、そしてエルゼの絶え間ない魔法。そして後方に控えるイリスの支援。三人が巧に協力することでユースティアの攻撃を防ぎ、そして同時に攻めることに成功していた。

 コロネがドートルを完全に引き付けているというのも大きいだろう。コロネという優秀な前衛が抜けたのは痛手ではあったが、それでも差し引いてもドートルの邪魔がないというのは非常に大きい。

 まったく油断できる状況ではないものの、言い換えればドートルの邪魔が入らない今こそがユースティアを取り戻す最大のチャンスなのだから。

 そして、そんな三人の連携を前に思うように攻めることはできずにいるユースティアは苛立ちを隠せずにいた。


「っ、右から来ます!」


 イリスがレイン達に素早く警戒の声を飛ばす。

 今のユースティアは全ての行動においてその身に宿る罪の力を使っていた。いや、使うしかなかった。自身の中に宿る人間としてのユースティアが魔力を行使することを阻害していた。だからこそ攻撃にも防御にも罪の力を使うしかなかったのだ。

 本来ならそれでも問題はなかったのだろうが、今回ばかりは事情が違った。

 イリスの存在。それが今何よりもユースティアのことを追い詰めていたのだ。

 罪を視る目。その能力によってイリスはユースティアの攻撃の兆候を見ることができたのだ。

 それによってイリスは誰よりも早くレイン達に警戒を促すことを可能にしていた。

 ユースティアにとって、現状最も脅威であるのはエルゼでもレインもでなく、この場において最も戦闘力の低いはずのイリスだった。


「いちいち邪魔をっ! お前さえいなければどうとでもなるものを!」


 攻撃を先読みされるせいで思う様に攻撃できないユースティアは、現状において最大の脅威であるユースティアから排除することを決めた。


「っ! させるか!」

「私達の眼、そう簡単に奪えると思わないでくださいね」


 しかし、イリスへの攻撃もまたことごとくレインとエルゼに防がれる。

 戦況は徐々にレイン達に傾きつつあった。

 レインとエルゼはイリスを守りながら、その眼の力を利用して徐々に間合いを詰めていく。そしてとうとう、一瞬の間隙をついてレインがユースティアの懐へと飛び込んだ。


「この一発で目を覚まさせてやる——ぶち抜け『憤怒』!!」


 現状のレインが持つ最大火力。『憤怒』の罪弾に自信の魔人化の力を組み合わせた全てを破壊する一撃。

 たとえ今のユースティアであっても直撃すればただではすまないものだった。

 避けることはできない、そう判断したユースティアは咄嗟に自身とレインの間に障壁を展開しようとする。


「このっ ——『罪障壁』!」

「“煙の如く霧散せよ、私はあなたの罪を否定する”——『煙罪否定』」

「っ!?」

「私もまた聖女だということを忘れてもらっては困ります」


【魂源魔法】——『煙罪否定』。

 聖女にのみ許された贖罪のための魔法。行使の難しい魔法ではあるが、魔法であることには違いはない。そして魔法であるならばエルゼが行使できない理由はなかった。

 ユースティアの展開しようとした『罪障壁』。そこに使われている罪の力をエルゼはその核を捕らえることで散らしたのだ。

 この戦いの中でエルゼが新たに生み出した、対罪魔法のための【魂源魔法】。

 戦いの中で新たな魔法を構築するという離れ業を成し遂げたのだ。

 『罪障壁』の構築を阻害されたユースティアを守るものは何もない。その先にあるのは銃を構えるレインだ。そしてこのタイミングではもはやどんな魔法の構築も間に合わない。


「っ!」


 とっさに腕をクロスにし、防御姿勢をとるユースティア。

 その直後、レインが放った全力の一撃がユースティアに直撃した。


 

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