第83話 イプシロン

「ガッ……」


 剣へと形状を変化させたデルタがコロネの胸を貫く。深く食い込んだ剣がコロネの心臓を貫く——その直前だった。


「おや、これは……」

「グ……ガァアアアアアアアッッ!!」


 両腕を塞がれ、完全に身動きを封じられていたはずのコロネ。しかし、その剣は心臓を貫くことなくそのギリギリでピタリと止まった。

 ドートルが命令してさらに強く押し込もうとしても、デルタはまるで微動だにしない。


「なるほど……その服の力というわけか」


 手早く原因を探っていたドートルはすぐに原因へとたどり着いた。

 コロネの着ていた服。すなわち【戦闘聖衣バトルドレス】。それがコロネを守るために本人の意思とは関係なく、自動で動いているのだと。

 コロネが着ている【戦闘聖衣】——【金獅星愛ハニエル】。コロネの全身を覆うその聖なる衣装は着用者をその大いなる愛で守り抜く。致命となる一撃はかならず防ぐのだ。


「ラァアアアアアアアアッッ!!」

「おっと」


 ドートルがコロネの着ている【戦闘聖衣】に気を取られた一瞬。その刹那の隙をついてコロネは拘束を力づくで引きちぎり、鋭く伸びた爪でドートルに襲い掛かる。

 すんでの所で身をかわしたドートルだったが、それでも避け切ることはできずに僅かに頬を切り裂かれる。

 それはこの戦いの中で……いや、それ以前からの戦いを含めたとしても、ドートルについたかなり久しい傷であった。


「…………」


 ドートルは己の頬についた傷……そこから流れ出る血を手で拭う。


「へぇ……これはこれは」

「ガルルルルゥ……」


 身を低く構え、ドートルの隙を伺うコロネ。そして、ドートルに貫かれたことでできた傷はすでに塞がり始めていた。


「驚異的な回復力、そして自動の防御、面白い。そうか……聖女にはそれがあった。【罪姫】ばかりに目がいってすっかり忘れていたよ。不意を突かれたとはいえ、まさか傷をつけられるとは。一体いつぶりかなぁ。もうずいぶん昔のことな気がする。でも、そうじゃないと面白くない! 『罪算機』レベル五——イプシロン起動」


 そして現れる五つ目の罪算機。しかしその形状は他の四つとは大きさが異なっていた。


「残念なことに今回はここまでしか持ってきていない。レベル四まででなんとかできるかとも考えていたが……いやはや意外や意外。まさか、君相手にレベル五まで出すことになるとは」

「グルルルゥ……」

「本能的にイプシロンを警戒してるのかな? 面白い。どう対処するか、ぜひとも見せてくれたまえ」


 明らかに他の四つとは違うイプシロンの気配にコロネは無意識に警戒の体勢へと入っていた。


「模れ、イプシロン」


 ドートルのその言葉に共鳴するように明滅したイプシロンは、グネグネとその姿形を変化させ、そこに現れたのはもう一人のコロネだった。

 その違いはイプシロンの体が銀色であることだけ。それ以外は大きさも、そして動き方もコロネと瓜二つだった。


「ルルルゥ……」

「…………」

「これは君を真似て変形した『罪算機』だ。でももちろんただのコピーなんかじゃあないよ。アルファからデルタまでが収集したデータをもとに構築されている。その速度も、力も、全て君を模倣してる。そして何より、他のコピーとの違いは……たとえ君がイプシロンを上回る力を見せたとしても、そのデータをアルファからデルタが収集し、そしてイプシロンへとフィードバックする。つまりイプシロンは無限に強くなることができるのさ」


 自分の開発したものを自慢するように、無邪気に語るドートル。

 理性をほとんど失った状態のコロネに説明しても理解されないことをわかっていながら、それでも自慢せずにはいられなかった。

 『罪算機』はドートルの発明の中でも最上位レベルの発明だった。戦闘、データ収集、なんでもできる最高の武具だった。


「さぁ見せてくれ聖女。君がいかにしてイプシロンを超えようとするのか……君が力を示せば示すほどにイプシロンは強くなる! 足掻いて足掻いて足掻き抜いて! その果てに絶望を見るがいいさ!」

「——ラァアアアアアアアアッッ!!」


 そしてコロネは己を模したコピー体であるイプシロンと正面から衝突した。


 

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