第82話 獣王化
【
使用者の理性を代償に、人の枠を超えた力を引き出す武具。その効果は絶大であったが、しかし同時に諸刃の剣でもあった。
敵と味方の区別のつかなくなるような代物なのだ。使える場所は非常に限られていた。
この状態のコロネはまさに兵器と呼ぶに相応しかった。
しかしコロネ自体は【皇牙暴拳】のことを嫌ってはいなかった。元より考えるのが苦手な性格。ただ戦うことにのみ特化したその性能はまさにコロネ向きと言えたからだ。
能力を完全に制御できていないのは己の問題。コロネはそう考えていた。
そんなコロネであっても【皇牙暴拳】の能力を引き出すのは六割が限度だった。まさに未知の領域にコロネは足を踏み入れようとしていた。
(持って行かれる……どこまでも……じゃじゃ馬ッスねこの【罪姫】は……少しくらい言うこと聞いて欲しいッスけど)
膨れ上がる力を感じながら、同時に僅かに残っていた理性の部分まで浸蝕されていく。
「ウゥ……ウォオオオオオオオッッ!!」
「おぉ、これは……」
【皇牙暴拳】——『獣王化』モード。
真紅の眼は白目の部分まで覆うほどに広がっていた。爪も倍以上に伸び、まるで刃のように鋭利になり、牙まで生えている。
そしてそのまま姿勢を低く構えるその姿は、まさしく獣そのものだった。
「さらに理性を食わせたか……ふむ、面白い。『罪算機』レベル三——ガンマ起動」
アルファ、ベータに合わせ三つ目となるガンマを起動した。
計三つの球体がドートルの周囲に浮かび、コロネに備える。
「さぁ、観測を——」
「ゥ——ガァアアアアアアアッッ!!」
「っ!」
『獣声波』。力を込められた咆哮は大地を抉るほどの破壊力を保持しながらドートルに襲い掛かる。
「防壁展開」
とっさに正面に防壁を展開し防ぐドートルだが、それでも防壁越しに衝撃を感じるほど凄まじい威力の咆哮だった。
「これが聖女の力……いや、これはもう聖女というより理性無き獣か。面白い。その牙、私の首元に突き立てたいというわけか。できるものならやって見れるといい。ただし、このドートルの『罪算機』を全て掻い潜ることができたならば、だけどねぇ」
「ルルルゥ……ガァッ!」
地を踏み砕きながら突進するコロネ。その頭の中にあるのは、まさにドートルの言った通りドートルの……獲物の首に牙を突き立てることのみ。
ただそれだけを目的とし、それ以外のことには目もくれない。ドートルの展開している『罪算機』すらコロネにとっては意識の外のものだった。
「この防壁に正面から突っ込んでくるのか。迎え撃てアルファ、ガンマ」
「——ラァッ!」
襲い来るアルファとガンマを人を超えた反応速度で回避し、防壁を展開したままのベータへと正面から突っ込む。
鋭利に伸びた爪がベータの展開した防壁へとぶつかる。拮抗したのは一瞬だった。
先ほどまでは傷一つつけることができなかったコロネの攻撃、しかし今のコロネは先ほどまでとは比較にならないほどに攻撃力が上昇している。
一瞬でベータを切り裂いたコロネはその先にいるドートルへと肉薄する。アルファとガンマはコロネの迎撃に出ていたためすぐそばにはない。
ドートルを守るものは何もないと、コロネはドートルの心臓目掛けて爪を突き出した。
しかし、
「超人的なスピードに先ほどまでよりもなお増した攻撃力。それらを組み合わせることで防壁を突破するだけの力を得たと。実に素晴らしい。わたしが想像していた以上の力だ。しかし、想定外ではない」
「——ッ!?」
コロネの突き出した爪がドートルの体に届く直前で止まる。
コロネが破壊したはずのベータが再結合し、コロネの腕に纏わりついていたからだ。先ほどまでのような球体ではなく、紐のような形へと変化してコロネの体を拘束している。
ベータだけの力ではない。ベータはアルファ、ガンマとも繋がることでコロネの力を完全に封殺していた。
「ベータを破壊したと思ったのかい? ならそれは甘すぎる考えだ。これらに定まった形は存在しない。球体になり飛び回ることもあれば、先ほどの防壁のように壁のような形にもなれる。言っただろう? 特殊な金属で作られていると。一度切り離されようが再結合するなんてわけないのさ。まぁ、今の君に言ったところで理解はできないだろうがね」
拘束を解こうと必死に暴れるコロネだが、暴れれば暴れるほどにベータはコロネの体に纏わりつき、その動きを封じる。
空中に張り付けられるような形になったコロネは、それでも目の前の敵に食らいつくことを諦めてはいなかった。
「ふむ、それにしてもまさかガンマまで使って拘束するので精一杯とは。これはまた計算のやり直しが必要だねぇ。あぁでも、実に興味深いじゃあないか。【罪姫】の力に侵され、理性まで失い、その力は体にまで変化を及ぼしている。おおよそ人間だとは思えないほどに。今の君がどういう状態のか。なぜそれに体が耐えることができるのか。わたしはそれにこそ興味がある。すぐにでも調べたいんだが……そのためにも少し静かになってもらわないとね。『罪算機』レベル四——デルタ起動」
四つ目となる『罪算機』が姿を現す。
「好きに形状を変えれるということは、こういうこともできる」
ドートルがパチンと指を鳴らすと、デルタがその形状を剣へと変化させる。
「貫け」
無情に告げたドートルの言葉に従い、剣へと変化したデルタがコロネの体を貫いた。
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