第80話 魔神ドートル

 ユースティアの異変を見抜き、戦いに割り込んできたドートル。

 博士であるはずの彼女の力は、決してその分野だけで活かされるものではなかった。


「『魔神化』!」


 ドートルがそう小さく呟き、力を解放した瞬間。ユースティアに負けず劣らずの力の奔流がレイン達のことを襲う。


「くぅ、なんだこれ」

「この力は……ユースティアさんと同じ。いえ、それ以上の……」

「なんスか、この力は」

「まさか……あの人がここまでの力を持っていたなんて」


 そこに居るだけで他を圧倒する存在感。

 レインはその力の奔流を受けて肌が粟立つのを感じていた。

 何よりもレインの本能の部分が告げている。目の前にいるドートルの存在がこれまでに会ってきたどの存在とも違う、異質な存在だと。


「いやぁ、ごめんごめん。力を解放するのは久しぶりすぎて、まともに制御できてないんだ。うーん、やっぱりこまめに使っていかないとダメだね。力というものは。でもねぇ、どうにも肉体労働は苦手で。やっぱりわたしは頭を使う方が向いてるみたいだ」

「おいドートル。お前、私の邪魔をするつもりか」

「いえいえ、とんでもございませんユースティア様。ですが、万が一があっては困りますから。わたしはユースティア様のことをフィリア様より任されておりますので」

「ふんっ、所詮は母様の犬というわけか」

「犬とは人聞きの悪い。せめて忠実な僕と言っていただきたいですねぇ」

「忠実? お前が忠実だと? 笑わせるな。いつ寝首を掻こうかと企んでいるくせに」

「そんな、滅相もない。さて、無駄話はこれくらいにしましょうユースティア様。早くあの聖女を片付けて、この地に罪と絶望を振りまかなければ」

「っ!」


 ドートルの言葉にレイン達は表情を引き締める。

 ユースティア一人であっても互角だった戦況。そこにドートルが加わるとなればレイン達が不利になるのは目に見えていた。


「でも、だからって諦めると思うなよ。ティアのことは返してもらうし、この地に罪も絶望も振りまかせねぇ。あんたの狙いは砕かせてもらう!」


 銃を構えてそう宣言するレイン。

 それに呼応するようにエルゼとコロネも、そしてイリスも臨戦態勢を取る。

 

「なんであれ、彼女のことは返してもらいます。そしてあなたがどんな存在であったとしても、私が聖女である以上引くことはできません。この場であなたを贖罪します」

「もちろんッス! 聖女としての力、全力で震わせてもらうッスよ!」

「……ドートル博士。あなたに言いたいことがいくらでもあります。ですが今はユースティア様です。あなたの思い通りにはさせません」


 レイン達が折れていないことを確認したドートルは嫌らしい笑みを浮かべる。


「いい、実にいい。この力の前に折れてしまうかとも思ったけれど。どうやらそんなに軟弱ではなかったようで安心した。思う存分力を振るえばいい。私の実験にどこまでついてこれるか、まずはレベル一から試させてもらおうかなぁ!」

「調子に乗るなドートル。あいつらは私の獲物だ」


 ユースティアとドートルが同じタイミングで動き出し、レイン達のことを挟むように左右へと移動する。


「っ、一か所に固まってください!」


 ドートルとユースティアがその手に力を収束させているのを見たエルゼが、レイン達のことを一か所に集める。


「『罪禍ノ砲火』」

「『罪算機レベル一』」

「『アブソリュートバリア』!!」


 左右から襲い来るユースティアとドートルの一撃をエルゼが魔障壁を展開することで防ぐ。しかしその一撃の衝撃はすさまじく、エルゼの張った魔障壁に罅が入るほどだった。


「へぇ、まさかこの一撃を……しかもユースティア様との同時攻撃を防ぎきるとは。レベル一程度の威力とはいえ……面白い」

「ふん、私はまだ全然力を入れていないからな」

「っぅ、本気じゃないのにこの威力。ユースティアさんだけでも手一杯だというのに」

「だったら、あの博士のことはあたしに任せてほしいッス!」

「コロネ?」

「どのみちユースティア様とあの博士、二人に協力されたらこっちの勝ち目はほとんどなくなるッス。だったら、せめて分断するべきッスから」

「でも、それじゃあコロネ様が」

「大丈夫ッスよイリスさん。あたしも聖女っスから。それにあたしが本気を出すには一対一の方がいいッスから。お願いします姉様」

「……わかりました。八割までは許可しましょう。それ以上は抑えなさい」

「っ! わかったッス!」


 コロネの判断を尊重することにしたエルゼはそう許可を出す。


「作戦会議は終わったのか?」

「だったら次はレベル二を試させてもらおうかなぁ」

「あんたの相手はあたしッス——【皇牙暴拳バーサークレオ】!」


 【罪姫】の力をさらに一段ギアを上げて解放するコロネ。エルゼの張った結界から飛び出し、地を蹴ってドートルへと飛び掛かった。


「へぇ、君が……うん、いいねぇその【罪姫】の力……興味がある。相手になろうじゃないか。この『罪算機』にどこまで食らいつけるか、是非とも見せてくれ!」

「はぁあああああああっっ!!」


 そして、コロネとドートルはぶつかり合った。

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