第77話 僅かな可能性

「今の一撃を防いだか……」


 ユースティアがレインとエルゼに向けて放った一撃、『罪黒槌』。

 それを正面から防がれたことにユースティアは驚き、軽く目を見張った。


「コロネか……聖女としての力はまだまだ未熟だと思っていたが、なるほどどうして……エルゼのためともなれば力を発揮できるというわけか」

「……状況がよくわかんないッスけど、どういうことっスかユースティア様。なんであなたが姉様とレインさんを攻撃するスか!」

「どうして……どうしてだと? そんなもの——っぅ!」


 突然ユースティアが頭を押さえる。それは己の中にある矛盾を頭が処理しきれないがゆえに起きた頭痛。

 なぜユースティアがレイン達の前に立ち塞がるのか、なぜ戦っているのか。罪に侵された頭の中で、それでも拭いきれない違和感がユースティアの中に湧き上がる。

 しかしそれらを振り払うようにユースティアは頭を振る。


「そんなもの……決まっている。お前達が私の前に立ち塞がるからだ。私の前に立ち塞がるものは全て敵だ。全部……全部全部全部! だから全てを破壊する! もう何にも邪魔されないように、何にも奪われないように!」

「っ……なんて罪に力ッスか……これを全部ユースティア様が?」


 暴風のように荒れ狂う罪の力に、コロネは全身の毛が逆立つ感覚を味わっていた。

 それはある種当然とも言える反応。コロネの人としての生存本能がもたらす警鐘。ユースティアの前に立っているだけで全身が震えそうになる。しかし、コロネはそれを意思でもってねじ伏せた。


「あたし、あんまり頭良くないッスからどうしてこんな状況になってるかなんてことはわからないッス。でも一つ確かに言えるのは……今のユースティア様は明らかに普通じゃない。だから、無礼を承知で、殴ってでも正気に戻させてもらうッス!」

「コロネ……ふふ、成長しましたね」


 コロネの決意を聞いたエルゼは思わず頬を緩める。


「そうですね。やりますよコロネ。ユースティアを止めるために!」

「はいッス!」


 エルゼとコロネの聖女コンビが改めてユースティアと相対する一方で、レインのもとにイリスが走って駆け寄る。


「レインさん、大丈夫ですか!」

「っ……イリスか。どうしてここに……」

「どうしてもこうしてもありません。これだけのことが起こっていれば駆けつけるに決まっています。状況はよくない方向に……それも考えうる限り最悪の方向に進んでいるようですが」

「確かにそうかもしれない。でもまだ終わったわけじゃない。なんとしてもあいつのことを取り戻す」

「えぇ、もちろんです。そしてあそこにいるのは……」


 イリスの視線の先にいるのはドートル。

 今のこの状況を楽しむように、聖女やユースティアの力を計るように、手出しせず、ジッと後方から戦況を眺めている。

 イリスにとっては因縁の相手だ。


「まさかドートル博士。まさか彼女がここまで来るなんて」

「っ、あいつがイリスを……」

「はい……ですが、どうやら今は手出しをするつもりはないようです。不幸中の幸いといったところでしょうか。これからの状況次第ではわかりませんが」

「あぁ、そうだな。ユースティアだけでも手一杯だってのに、あいつまで警戒しなきゃいけねぇのか」

「彼女のことは私が見ています。レインさんはどうかユースティア様との戦いに集中してください」


 イリスはその目で、罪を可視化することができるその目でユースティアのことを見つめる。


「っぅ……見たことが無いほどの漆黒。まさかユースティア様がこれほどの罪を抱えていたなんて。でも、それだけじゃありません」

「それだけじゃない? どういうことだ」

「確かに一部、白く輝いている場所があります。罪の黒に呑まれず、輝きを保ち続けている場所が。あの輝きをさらに強くすることができれば……きっとユースティア様を取り戻せるはずです」

「輝きを保ち続けてる場所……」


 イリスのもたらしたその情報は、今のレインにとって何よりの情報で、希望となる。可能性はあるのだと、そう示してくれたのだから。


「きっとユースティア様を連れ戻せる人がいるとすれば、それはレインさん以外にあり得ません。エルゼ様でも、コロネ様でも、そしてもちろん私でもなく。この場で……いいえ、この世界でただ一人、レインさんだけが彼女を取り戻せる可能性を持っていると、私はそう思います」

「……あぁ、もちろんだ。他の誰にも任せない。これはオレがやるべきことなんだ。まだあいつには言わなきゃいけないことがいくらでもあるんだからな」

「その意気です。頑張りましょう。私も様子を見ながら援護します」

「あぁ、頼む! 行きましょう二人とも!」

「えぇ、今度こそ決めます!」

「やってやるッスよ!」


 そしてレインはエルゼ、コロネの三人は再びユースティアへ向かっていくのだった。


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