第76話 ぶつかり合い

 罪に呑まれた体は、体の奥底から湧き上がる衝動を耐え切ることはできず、狂おしいほどに闘争を求める。

 もっと強い敵を、もっと上質な罪を、なぜそんなものを求めるかもわからないままに彼女は力を振るっていた。

 目の間にいるのが誰なのか、彼女にとってどれほど大切な存在なのか。それも頭では理解しているのに。

 だというのに湧き上がり続ける力を振るうことをやめられない。

 闘争を、闘争を、飽くなき闘争を。

 その先にあるものを求めて、彼女は戦いの中へとその身を投じ続ける。

 どんな結末が待つかも知らないままに。





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「あはははははっっ!! ほらほら、動かないと死ぬことになるぞ!」

「クソ、いい加減正気に戻りやがれ!」

「っ、リオルデルさん、前に出すぎです!」


 レイン&エルゼvsユースティアの戦いは、魔人化したレインの参戦を機に一気に激しさを増していた。

 エルゼの魔法でユースティアを攻め立てユースティアの放った罪力を使った魔法はレインが相殺する。

 二人が協力してようやくの拮抗。それもレインやエルゼが常に全力で立ち向かわなければいけないのに対し、レインもエルゼも直感的に感じていることがあった。

 それは、まだユースティアが底を見せていないということ。

 本人が意図して見せていないのか、それともまだ体が慣れきっていないせいで引き出せていないのか。

 それは定かではないのものの、いずれにせよ長期戦になってしまえば二人が不利になるのは明白だった。

 何より、レインの力の制御の問題もある。半ば無理やり解放した力は、薬の力で暴走こそ抑えられているものの、それもいつまで持つかわからない。

 もしレインが意識を呑まれてしまえば、敵も味方もなく暴れまわるだけの存在になってしまうだろう。 

 それだけはなんとしても避けなくてはいけなかった。


「行け、【暴食】!!」

「ふん、なるほど。この場において一番強い罪の力を放っているのは私自身。そこに【暴食】の弾に込められた自動追尾の能力を合わせたわけか。どこにいても、どんあ体勢から撃っても確実に私の元へ飛ぶように。考えたなレイン。だが……甘い」


 レインの放った銃弾は指先で止められた。

 そしてそのままはじき返される。

 倍以上の威力で撃ち返されたその弾はレインの目の前の地面を砕き、その破片がレインを襲う。


「ぐぁっ!! くそ、やっぱり【暴食】じゃ威力が足りねぇのか!」


 狙った場所に弾を飛ばせるという特性。それは非常に有益なものだったが、しかし威力という点で他の弾よりは劣っていた。

 一番高い威力を誇る【憤怒】であればユースティアにダメージを与えることもできたかもしれないが、そうなると今度は命中精度に影響が出る。

 【憤怒】を当てるためにはユースティアの動きを少しでも止める必要があったのだ。


「リオルデルさん、撃ちます!」

「っ、はい!」


 エルゼの合図に合わせて頭を下げるレイン。その直後、頭上を白色の極光が通り過ぎる。


「天穿つ十の光弾!——『シャインバレット』!!」

「悪くない魔法だ。だが……それでも私には届かない! 地を穢せ——『シン・シャドウバレット』!」

「っ、あぁあああああっ!」


 エルゼが生み出した十の光弾に対抗するように、ユースティアが漆黒の銃の闇弾を撃ちだす。

 ぶつかり合った二つの魔法が拮抗したのは一瞬、すぐにユースティアの魔法に吞み込まれ、エルゼのことを吹き飛ばす。


「エルゼ様!」

「っぅ……わ、私は大丈夫です! それよりも目の前に集中を。私達が相手にしているのは、間違いなく過去最悪の……魔人です。気を抜けば一瞬で持って行かれる」

「っ……はい」


 ユースティアのことを魔人と呼ぶ際に一瞬だけ見せたエルゼの躊躇をレインは見逃さなかった。

 その心情は痛いほどわかる。レインとて同じ気持ちだ。 

 しかしだからこそ、レイン達は全力で立ち向かわなければいけない。

 ユースティアを取り戻すために。


「なんとか隙を作ることができれば極大魔法を詠唱することもできるのですが……」

「そんな隙は与えてくれそうにないですね」


 勝負を楽しんでいるユースティアだが、レイン達が大技を放とうとすれば、その初動は確実に潰してきている。

 そのせいでレイン達の攻撃は中途半端な威力のものに限られてしまっていたのだ。


「さすがと言うべきでしょうか。あのような姿になっても戦況は冷静に見極めているようです。ですが、それは裏を返せば私達の力が通じる可能性があるということでもあります。もし通じないのであれば、私達の動きを封じる理由もないのですから」

「そうですね。なんとしても隙を作りましょう」

「無意味な作戦会議は終わりか?」

「作戦会議というほどのものでもありませんが。無意味かどうかは……これから証明できるでしょう」

「面白い……やってみせろ! これを受けきれたらな!」

「「っ!」」

「お前達が呑気に話している間に組み上げた罪魔法——『罪黒槌』。さぁ、圧し潰せ!」


 漆黒の巨大な槌がレイン達に迫る。

 レインが銃で迎撃しても、まるで止まる気配はない。

 避けるのは間に合わないと判断したエルゼが全力で魔法の障壁を張ろうとその瞬間だった。


「どっっせぇええええええええいっっ!!」


 突如として二人と漆黒の槌の間に割り込んできた人影。

 その人影はそのままレイン達に迫っていた槌を一撃で破壊した。


「この一撃は……」

「まさか!」

「大丈夫ッスか、二人とも!」


 二人の前に降り立った人物——この地にいたもう一人の聖女コロネは、そう言って二人に笑顔を向けた。

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