第72話 目覚め
人々の悲鳴が響き渡る。それは、絶望と嘆きを孕んだ末期の叫び。
それを私はなんの感情の揺らぎもなく見つめていた。
「どうしたのユースティア」
振り返るとそこにいたのは、綺麗な金色の髪をたなびかせた妙齢の女性。血よりも赤いその瞳が優し気に細められ、私に向けられていた。
その人物のことを私はよく知っていた。だって私の生みの親だから。
「……かあさま」
「ふふ、あなたはここが好きなのね。いつもここにいる」
「ん……」
母様の温かい手が私の頭を撫でる。その温かい手が私はなによりも好きだった。
でも、母様の目はいつもどこか冷たくて。仄暗い光をその瞳の奥に宿してた。
「ねぇかあさま」
「なぁに?」
「かあさまは人間が嫌いなの?」
「そうね。嫌いよ。人間なんていなくなってしまえばいいと思ってる」
「どうして?」
「人間は愚かな生き物よ。他者ではなく己のために生きる。他者を蹴落とすことしか考えていない。どんなに努力をしても、誰かがその足を引っ張って、全てを台無しにする。だから私は……」
そう語る母様の言葉には明らかに憎しみがこもっていた。
子供ながらに尋常ならざるものを感じた私は、この時初めてかあさまに恐怖の感情を抱いた。
そんな私を見て、かあさまはふっと表情を緩めて、いつもの優しい笑顔で私を抱きしめてくれた。
いつもならそれで私の心は安らいだ。なのになぜだろう。どうしてこんなにも心がざわつくのだろう。
「かあさま……」
そんな自分の心が理解できなくて、怖くて、温もりを求めるように私はかあさまの体を強く抱きしめる。
「あらあら、今日は一段と甘えん坊さんね」
「ん……」
母の温もり。大好きな温もり。
こうしていると色んな感情が落ち着いていく。
さっきまで感じてた心のざわつきも、不思議なほどになくなっていた。
「ユースティア。あなたはずっと私のもとに居てくれるわよね?」
「うん! 私ずっとかあさまの傍にいるよ。ずっとそばにいて、かあさまのこと助けてあげるの!」
「ふふ、ありがとう。私もあなたのことを頼りにしているわ。ずっと、ずぅっと……私のことを助けてね。全ての人間を根絶やしにする、その日まで」
あぁそうだ。
私は母様を助けないといけない。
なんでこんな大事なことを私は今までずっと忘れていたんだろう。
私は母様を助けないといけない。
「さぁ起きてくださいユースティア様」
ドートルの声だ。
さっきまでは鬱陶しくて仕方なかったその声も、今は不思議と気にならない。
「おはようございます、ユースティア様」
「……あぁ、おはよう」
「ご気分はいかがですか?」
「悪くない……いや、むしろ最高の気分とでも言うべきか? それだけじゃない。全身に力がみなぎる」
今までとは比べ物にならないほどの力が全身に満ち溢れている。
軽く腕を振るっただけで腕に繋がっていた鎖を引きちぎることができた。
膂力もさっきまでとは比べ物にならないほど上がってる。
「さぁ、どうぞユースティア様。全てを終わらせにまいりましょう。フィリア様のために。外にいるゴミ共を片付けなければ」
「そうだな……あぁそうだ。母様のために……人間は全て……排除しなければ……」
ぼんやりと鈍った思考でもそれだけははっきりとわかる。
私は人間を滅ぼさなければいけない。そのために目覚めた。
これはそのための力だ。
「母様を苦しめる人間は……全て滅ぼす」
その想いだけを胸に秘めて、私は力を解放した。
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