第71話 目覚めの儀

 ディアボロスが崩れ行く光景を、ドートルは何も言わずにジッと見つめていた。


「どうやら私達の勝ちみたいだな」

「これはこれは……予想外というか……いいえ、こんな事態を予想するほうがバカらしいというか。まさか聖女というのがあそこまで考え無しの行動をするとは。愚かな人間らしいと言ってしまえばそれまでですが」

「その愚かな人間にお前の自慢の兵器は破壊されたぞ」

「えぇ。それを言われると耳が痛いばかりです。ですが、彼女らの実力を測るという副次目的は果たせました。このデータがあれば次はより確実に、協力な兵器を作れることは間違いないと思いますよ。いえ、私の名にかけて作ってみせましょう」

「負け惜しみ?」

「……そうですね。えぇ。認めましょう。わたしの作った兵器を破壊されたことが悔しくて仕方がありません。こういえば満足ですか? ユースティア様」

「…………」


 ユースティアは破壊されて悔しいというドートルにどこか違和感を覚えていた。

 ディアボロスはドートルの生み出した渾身の兵器のはずで、それを壊されたことは激しくプライドを傷つけることになったことには間違いないはずなのだ。

 しかし、ドートルにはどこか余裕があった。その余裕がユースティアに言いようのない違和感を抱かせたのだ。


「わかりませんか? わたしがなぜ余裕なのか。まぁ、理由は単純です。ディアボロスは破壊されましたが、そもそもあの子に任せていたのがなんなのか。忘れていませんか?」

「ディアボロスに任せていたこと?」

「聖女の排除。ついでは贖罪教の排除。それができれば一番だったのですけどね。まぁ、そこまでは求めていませんから。あの子に任せたのは、時間稼ぎなのですよ」

「っ!」


 その時だった。

 部屋の中に赤い光が満ちる。


「えぇ、あの子は破壊されましたが目的はしっかり果たしてくれたのです。時間稼ぎ、データ収集。これから得るモノを考えればお釣りがくるほど」

「これから得るモノ?」

「すぐにわかります。えぇ、その身でもってユースティア様は理解することになるでしょう」

「いったい何を——っぅ!?」


 ドクン、とユースティアの心臓が跳ねる。


「あ……ぁ……っ……」

「ようやく、時が満ちましたよユースティア様。感じるでしょう。この場に満ちる罪の力を。あぁ、やはり故郷の空気というのは心地よい。どれだけ罪で満たそうとも、こちらの空気はわたし達魔人にとっては薄すぎる。罪が薄いということはいわば空気が薄いようなもの。生きづらくて仕方ない。それはユースティア様、あなた自身も同じことでしょう?」

「私は……人間だ」

「そう言っているのはユースティア様だけ。あなたの体には、誤魔化しようがないほどに、しっかりと、母君の血が流れている。それはこの世で何よりも濃い魔神王の血。わたし以上に感じているはずですよ。この場に満ちる罪を。手に取るようにわかります。今のユースティア様は、必死に堪えているのでしょう? 罪に呑まれまいと。その力を受け入れまいと。しかしあなたの体はどうしようもないほどに歓喜しているはずですよ」

「っぅ……くぅ」


 耳朶にまとわりつくように響くドートルの声。しかしそんなことを気にしている余裕もないほどに、ユースティアは己を抑えることに必死だった。

 この場に満ちる罪がユースティアの中に流れる血を騒めかせる。己の中で暴れ狂うその血に呑まれないようにするだけで精一杯だった。


「逃げてはダメですよユースティア様。その身に流れる血はあなた自身。その血が完全に目覚めた時、わたし達の目的は果たされる。そこで、わたしが一つお手伝いをしてさしあげましょう」

「っ……なにを……」

「お手伝いですよ。ユースティア様を目覚めさせるための」


 ユースティアの足元に赤い線が走る。

 その線は広がり続け、やがてユースティアを中心に巨大な魔法陣が描かれる。


「これは……」


 ユースティアが本能的に危機を察した時には遅かった。

 ドートルが描いた魔法陣が光を放ち、ユースティアの体を包み込む。


「っっっ!!! あぁあああああああああああああっっっ!!」


 ユースティアの喉から絶叫が漏れる。


「あはは♪ 苦しいですか? ですが、それは拒絶するから苦しいのです。受け入れてしまえば楽になります」


 ドートルの言葉は悪魔の囁きのようにユースティアを蝕み、意識を奪っていく。

 そんなユースティアを見たドートルは笑みを浮かべる。

 チカチカとユースティアの視界が明滅する。


「あ…‥ぁ……」

「ふふ、さようなら。聖女ユースティア。そしておはようございます、魔神姫ユースティア様」


 そんなドートルの言葉を最後に、ユースティアは意識を失った。

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