第73話 魔神姫ユースティア

 『それ』は突然、なんの前触れもなく姿を現した。




 ディアボロスを倒したレインとエルゼはユースティアのことを探して村の中を走り回っていた。


「ユースティアがどこにいるのか……おそらくどこかの地下であるとは思うのですが」

「そうですね。早く見つけないと」


 焦りを滲ませながらレインが呟いたその次の瞬間だった。

 不意に地面が大きく揺れる。


「っ! この揺れは……」

「くぅっ!」


 普通では立っていられないほどの揺れにレインもエルゼも思わず地面に手をついてしまう。


「何かが近づいて来る……これは、巨大な罪の波動!」


 今までに感じたことがないほど大きな罪の波動を感じてエルゼはその目を大きく見開く。

 そして次の瞬間、地面が爆ぜた。


「っ! 『アースウォール』!!」

「うぉっ」


 とっさにエルゼが魔法で巨大な壁を作ったことで飛んできた破片を防ぐ。


「い、一体何が……」

「リオルデルさん、気を抜かないでください! 来ます!」

「来るって……っ」


 揺れが収まった時、そこにあったのは直径十メートルはあろうかという大穴。

 そしてその穴からは今までに見たことがないほどの罪の力が溢れ、広がっていった。

 

「うっ……これは……」

「なんて濃い……」


 あまりに濃い罪の力にレインもエルゼも思わず顔を顰めた。

 そしてエルゼは、その穴の中から出てこようとする何かの存在に気付いていた。


「魔人? いえ、この力はそれ以上の……」


 注意深く大穴を見つめるライアの視界の先で、『それ』はゆっくりと姿を現す。


「あぁ……あぁ、外だ……」

「これは……」


 空に浮かぶその姿、そしてその体から放たれる圧倒的な罪の奔流にエルゼは目を見開いた。


「さっきから感じてる罪は全部あの魔人が? いえ、ですが……あの姿は……」

「そんな……嘘だろ……」


 初めて感じるほどに大きな罪の力。しかしそれ以上にレインとエルゼを驚かせたのは、その魔人の姿だった。


「まさか……ユースティア?」


 瞳の色は黄金色で、その全身は漆黒と真紅の衣装に覆われているものの、その容姿は紛れもなくユースティアのものだった。


「そんな……嘘だろ……」


 しかし、長い時を過ごしたレインの目から見ても目の前にいる存在は紛れもなくユースティアそのものだった。

 目の色が変わろうが、何が変わろうが、レインがユースティアを見間違えることなどあり得ない。そしてだからこそわかってしまった。理解してしまった。

 あれがユースティアであるのだと。


「足りない……この程度では……全く足りない」


 レイン達の前に現れたユースティアは、その瞳にレインの姿も、エルゼの姿も映してはいなかった。

 煩わしそうに周囲を睥睨しながら手を翳す。


「っ、まずい! 『ホーリーシールド』!」


 本能的にまずいと感じたエルゼはとっさにレインの前に立ち、魔法の盾をはる。

 そして次の瞬間、ユースティアの手から罪が暴風のように放たれる。

 それは瞬きの間に村全体を覆ってしまった。


「くぅ……この罪は……」

「濃すぎる……」


 息を吸うのもはばかられるほどに濃密な罪が空間に漂う。


「これで良い。これで少しはまともに動けそうだ」

「あっはははははっ!! 素晴らしい、素晴らしいですよユースティア様!」


 ユースティアが開けた大穴からもう一人の魔人——ドートルが姿を現し、ユースティアのことを称賛する。


「やはりあなた方の前でわたしの作りあげたディアボロスなど霞みますねぇ。いやはや、悔しいというかなんというか。まさか僅かに力を解放しただけでこれとは」

「……うるさい。黙っていろドートル」

「ド、ドートル様! これは一体何事ですか!」

「おや、あなた達まだ生きてたんですね」


 苦し気に表情を歪めながらドートルに近づいたのは、魔人崇拝組織の構成員の一人だった。急激に上がった罪の濃度に、ただの人でしかない彼は耐えるだけで精一杯だった。


「うーん。もうあなた方は用済みなので消えてくれて構わないのですけど。しかしそうですね、ユースティア様」

「なんだ?」

「この者達はユースティア様の復活に助力してくれた者達です。慈悲を与えてみては?」

「慈悲? この私が人間に?」

「ご気分を害されたならば謝罪しましょう。しかし、物も人も使いよう。そして何より、この者に資質があれば新たな仲間とすることもできるのではないかと」

「……ふぅ。どうせ私の力を見たいだけだろう。まぁいいだろう。人間、喜べ。救いをくれてやる」

「え? うがぁああああああああああっっ!」


 ユースティアは濃縮した罪の塊を男へと打ち込む。反応はすぐに現れた。男は悶え苦しみ、地面を転がる。尋常ではない様子だった。


「これは……」

「資質無し、だな」


 淡々と告げるユースティア。

 ユースティアから罪を打ち込まれた男は、自身の中で膨張していく罪を制御しきれずに事切れた。

 一瞬の出来事だった。


「今のは……」

「っ……」


 一連の流れを見ていたレインとエルゼはあまりに突然の出来事に情報を処理しきれていなかった。

 しかし、やがてエルゼは意を決したかのように立ち上がりユースティアへと近づいていく。


「ユースティア」

「ん? お前は……エルゼか」

「やはり……本当にユースティアなんですね」

「あぁ。私は紛れもなくユースティアだ。お前の知ってる私かどうかは別としてな」

「……その姿。紛れもなく魔人……なぜそんな姿になったのかは知らないですが、あなたが魔人であるというならば私のやるべきことは一つです」

「ほう……」

「あなたの罪を……贖罪してみせます!」

「ふ、面白い……できるものならやってみろ!」


 そして、魔人と化したユースティアとエルゼの戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る