第69話 エルゼの意地

 ディアボロスがレインの銃弾をはじき返したのを見ていたユースティアは驚きに目を見開いた。


「なんでレインの銃弾が……」

「あっははははぁ! すごい、すごいですねぇあの子。わたしの想像以上の成長ですよユースティア様」

「成長?」

「えぇそうなんですよ。わたし、考えたんです。機械兵というのはどうして成長できなのかと。作りあげた時のままの性能でいることしかできないのかと。もちろん学習させることはできますがねぇ。それでは足りないんです。学習し、そこから己を成長させる。そんなシステムを作りあげる必要があったんです。いやぁ、それでもまさかこの戦いの最中にここまでの成長を遂げるとは。いったいどんなプログラムを組み上げたんでしょうねぇ」

「…………」


 それまで確かに通じていたレインの銃弾が通じなくなった。それは言い換えれば、レイン達の攻撃手段がなくなったに等しい。

 なぜならば、レインの攻撃手段は銃しかなく、そしてエルゼの攻撃手段は魔法だ。その両方を無力化する方法をディアボロスは手にしたのだから。

 

「時間をかければかけるほどあの子は成長していく。今のあの子はまさに天敵。どう足掻いてもあの二人ではディアボロスには勝てない」

「……ふふ」

「……何がおかしいんですかユースティア様」

「もしそれを本気で言っているなら、お前はまだ何もわかってない」

「わかってない?」

「データだけで全てを知った気になり、勝った気になる。まさに滑稽」

「……わたしが滑稽だと。ユースティア様はそうおっしゃるので?」

「あぁ。そう言ったつもりだったんだが。わからなかったか?」

「では、あの二人が今からディアボロスを攻略できると? どこにいるかもわからないもう一人の聖女が助けに来るとでも?」


 もう一人の聖女、コロネがいれば確かに戦況は変えれるかもしれない。コロネの【罪姫】であれば、ディアボロスと渡り合うことも可能だろう。

 しかし、ユースティアが言っているのはそういうことではなかった。


「いいや、違う。あのディアボロスを攻略するのはあの二人だ。レインもエルゼも……お前が思うほど弱くない。あの二人は……私が認めた二人だ」






□■□■□■□■□■□■□■□■


「っ……」


 一段と強くなったディアボロスを前に、思わずレインは一歩後退る。


「引いてはいけません。ここで一歩引くことは心の負けを意味します。そして、心が負けてしまったその瞬間に私達は勝てなくなります」

「エルゼ様……」

「必要なのは覚悟。絶対に負けない、必ず勝利するのだという覚悟。希望を捨てない心です。この機械兵……想像していた以上に厄介な存在であるようなので、私も覚悟を持って挑みます。えぇ、ここから先は全力です」

「全力って、一体どうするつもりですか」

「もちろん決まっています。私が全力を出すということは、全力で魔法を使うということに他なりません」

「魔法って、でもそれは!」

「問題ありません。リオルデルさんは後ろに下がっていてください。巻き込んでしまうかもしれませんので」

「ですが」

「二度は言いません。私なら大丈夫です。私は……魔法にかけては、誰にも負けないという自負があるので」


 そう言って笑うエルゼにレインは二の句が継げなくなる。

 エルゼが大丈夫だという以上、レインはその言葉を信じるしかない。


「一応、いつでも撃てるようにはしておいてくださいね」

「え? あ、はい。わかりました」


 エルゼはレインの返事を聞いてから、改めて一人でディアボロスと向き合う。

 エルゼが上から叩きつけた家の残骸、その塊。それによってディアボロスはダメージを受けていたが、そのダメージは徐々に回復している。


「再生力は変わらず。魔法反射も……変わらずですか」


 試しに撃った魔法が当たり前のように反射されたことに小さくため息を吐く。


「銃弾の反射ができるようになった代わりに魔法が反射できなくなっている、とかなら面倒も無かったのですが……まぁいいでしょう。全て想定の範囲内。さぁ、いきますよ【零涙智剣(ティズダム)】」


 エルゼの構える【零涙智剣】がその言葉に呼応するように眩い輝きを放つ。


「いい返事です。魔法が私達の領分であるということを、あの思い上がった機械兵に叩き込んで差し上げましょう」


 エルゼは剣の切っ先をディアボロスに向け、その剣で攻撃……ではなく、魔法陣を描いた。


「知能を持たない機械であるあなたに教えてあげます。私が……聖女がどういった存在であるかということを。さぁ、勝負です——『ホーリーランス』」


 それは中級の光魔法『ホーリーランス』。威力はそれなりだが、特別な効果など何ももたないただの攻撃魔法。

 それを何の躊躇も無くエルゼはディアボロスに向けて放った。


「ギギ……グ……ハンシャ……」


 ディアボロスの眼が赤く光り、エルゼの放った魔法を反射する。


「エルゼ様!」

「大丈夫です。問題ありませんから」


 エルゼは反射された魔法を片手で受け止めてみせた。


「魔法反射……威力は約三倍返しといったところでしょうか。すでに上級魔法に匹敵する威力になっていますね。ですが、まだ甘い。魔法を無効化する魔法はいくつも生み出しましたが、反射する魔法だけはまだ完成させていませんでしたから。良い機会です——『リフレクション』」

「っ! 反射された魔法をさらに反射し返した!?」


 思わず驚きの声を上げるレイン。

 エルゼはこれまで、反射の魔法を完成させたことは無かった。なぜなら、その必要がなかったからだ。

 面倒な魔法を無力化するか、それ以上の威力の魔法で呑み込んでしまえばよかったのだから。

 しかし、このディアボロスだけは違う。相手から魔法を放ってくることはなく、ディアボロスの魔法反射は魔法による効果ではない。

 

「でも、あなたの魔法反射は無尽蔵ではない。コアがある。エネルギーがある。そして何より……許容限界がある」


 これまでの戦いでエルゼは気付いていた。魔法の反射が決して無条件なものではないということに。

 一度ディアボロスの中を見てその考えは確信へと至った。

 ならばこそ、エルゼが挑むのは真っ向勝負。

 この戦いの最中で生み出した新たな反射の魔法『リフレクション』を使って、ディアボロスに立ち向かうという決断をしたのだ。

 反射vs反射。つまりこれは、エルゼかディアボロス。そのどちらかが反射できなくなるまで続く勝負なのだ。


「まずは倍返しをどうぞ」


 反射された『ホーリーランス』を、さらに威力を増加させて反射し返すエルゼ。


「ガガ……ハンシャ……」

「『リフレクション』!」


 そして、エルゼとディアボロスの反射対決が始まった。

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