第68話 絶望の存在

「っ! 下がってくださいリオルデルさん」

「うわっ!」


 エルゼの言葉に釣られるようにレインは後ろに跳び退く。

 その直後のことだった。完全に沈黙していたはずのディアボロスの肉体が再生し、動き始めたのは。


「なんでこいつ! コアは破壊したはずじゃ」

「いえ……再生しています。どうやらこの機械兵にはまだ何か秘密がありそうですね」


 再生したディアボロスはまだ本調子ではないのか、その動きはかなりぎこちない。しかし暴れまわるディアボロスに近づくことは容易ではなかった。


「果たしてあれは魔法の反射能力まで復活しているのでしょうか。だとしたらかなり厄介ですね。しかもあの機械兵は……」

「人間と魔人を動力に使っている」

「えぇ……悪趣味極まりない兵器です」


 エルゼは顔を顰めてディアボロスのことを睨みつける。

 その先に見据えるのはディアボロスを開発した存在……ドートルの姿。

 もとより許しがたい存在だとは思っていたが、ディアボロスの秘密を知り、エルゼはその思いを一際強くした。


「……私達にできるのは、少しでも早くあの兵器を破壊し中にいる存在を解放することです。いけますねリオルデルさん」

「はい! 大丈夫です!」


 銃を構え、臨戦態勢に入るレイン。エルゼもまた剣を構えてディアボロスと相対した。


「人と魔人、二つの命を使って作られし哀れな機械兵……この私が、聖女の名でもって解放します」


 機械音を響かせながら襲いかかって来るディアボロスに対してレインとエルゼは二手に分かれて左右から攻めた。


「リオルデルさん、コアを探してください! 一つではありません、二つ……ないしは三つあるはずです」

「コアが三つ……わかりました!」


 とは言ったものの、現状においてコアを見つけ出す手段はないに等しい。コアを一つ見つけ出し、破壊するだけでもかなり苦労したのだ。それが複数あるともなれば、考えるだけでも頭が痛くなりそうだった。


「どこにある……コア。どうやって見つける」


 レインがディアボロスの攻撃を避けながらコアを探す最中、エルゼもまたディアボロスのコアを探すためにディアボロスの体をくまなく観察していた。


(コア……どこにある。一つのコアを破壊して停止しなかった以上、コアが一つである可能性はない。二つ……いえ、あの再生力を考えれば三以上と考えるのが妥当。それにコアが一か所に留まっているとは思えない)


 エルゼはコアが常に移動し続けていると考えていた。複数のコアが存在し、その場所が固定ではないというのは相手をしているエルゼにとって非常に厄介であると言わざるを得なかった。


(コアが複数あるだけならまだいい。コアが移動しているだけならいい。でもこの二つが合わさった時、この上なく厄介な敵になる。それに、コアを同時に破壊しなければいけないタイプだったら……最悪の想定はし始めれば止まらない。まずはコアです。コアを見つけて目印をつけなければ話にならない)


 たとえコアが複数あろうが、移動していようが、同時に破壊しなければいけなかろうが。魔法でダメージを与えることができるならばエルゼもこれほど苦労しない。

 ディアボロスの体を一撃で消滅させるほどの魔法を放てばいいだけの話なのだから。普通の魔法使いであれば簡単にはできないが、エルゼならばそれができる。

 しかし、ディアボロスは魔法反射装甲を持っている。それが最大の障害だった。


「リオルデルさんの攻撃で魔法反射の機能だけでも止めれたら御の字ですが……そこまで望むのは難しそうですね」


 レインも攻撃を避けつつ、隙を見て銃で攻撃しているもののどれも装甲に弾かれている。

 目まぐるしく動き続けている中では、まともに狙いもつけられない。


「あぁくそ! まともに当たらない!」

「落ち着いてください。私があれの動きを止めます」

「え、止めるっていったいどうやって」

「魔法が効かなかったとしても、動きを止める手段はいくらでもあります。できればしたくなかった方法ですが、そうも言ってられませんから」


 魔法を発動したエルゼは、その魔法で手あたり次第に周囲の家を壊し始めた。

 バラバラに破壊されていく家々。そしてエルゼは破壊した家の破片をかき集め、ディアボロスの上で再集結させる。

 圧倒的な質量を感じさせるその塊は、ディアボロスの体よりも大きくなっていた。


「魔法で攻撃できないのなら、魔法で物を操って物理的に攻撃するだけです。さぁ……押し潰れなさい!」


 頭上から降り注ぐ圧倒的な質量を前に、ディアボロスはその場から逃げようとしたが、それよりも早く塊は降り注いだ。


「グ……ギギギ……」

「な、あれに耐えるのか!」


 ディアボロスは降り注ぐ塊をその両腕で受け止めてみせた。人間ならばあっさりすでにペチャンコにされていただろう。しかし、ディアボロスは押しつぶされないどころかしっかりと両足で立ち、耐えている。


「ですが、動きは止まりました。撃つなら今です」

「っ! そうですね。わかりました。一気にいきます!」


 【憤怒】の【罪弾】を装填し、動けないディアボロスに向けて撃つ。

 放たれた銃弾はそのまままっすぐディアボロスに向けて飛び、そして——。


「っ! いけません! リオルデルさん、私の後ろに!」

「っ!?」

「『魔防壁』!!」


 その言葉に反応できたのは奇跡だったかもしれない。

 エルゼが障壁を張った直後だった。レインの放った銃弾がそのままそっくり反射されて返される。


「くっ……なんて威力……」


 なんとか防ぎきったエルゼだったが、防壁を張っていたエルゼとレインの周辺以外は悲惨なことになっていた。


「銃弾を……反射した?」

「どうやらまだあの兵器には秘密があったようですね」


 魔法だけでなく、銃も効かなくなった。

 それはすなわち、レインの攻撃手段がなくなったに等しい。

 今のレインには、ディアボロスが絶望の存在にしか見えなかった。

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