第65話 罪姫の能力

「いくぞ聖女ぉおおおっ!!」


 ズドン、という地を粉砕する音と共にグラウがコロネに肉薄する。その速度は先ほどまでよりも何倍も速い。音すら置き去りにするグラウの速度は、ただ移動するだけで周囲の壁や地面を破砕するほどだった。


「死ねいっ!!」

「ぐぅっ!」


 唸りを上げて迫るグラウの拳はコロネの目をもってしても追うのがギリギリの速度だった。避けようとしたが間に合わずとっさに腕をクロスして防御することしかできなかった。


「がはっ!!」


 メキメキ、という骨の鳴る嫌な音と共に吹き飛ばされ壁に衝突するコロネ。あまりの速度と勢いで壁にぶつかったことで地下全体が揺れたのではないかと錯覚したほどだ。


「ふははははっ! 脆い、脆いなぁ聖女! 私はまだ撫でただけだぞ?」

「っ!」


 すかさず追撃を仕掛けるグラウ。コロネの頭を踏み砕かんと、移動と同時に蹴りを繰り出した。当たれば致命の一撃に対して、コロネの体は考えるよりも早く動いた。

 とっさに身を屈め、床を転がるようにして避けるコロネ。その直後、グラウの足がコロネのいた壁を粉砕した。


「おっと、少し力みすぎだか」


 壁に深く突き刺さった足を引き抜くグラウ。そこに出来上がった穴の大きさを見ればグラウがどれだけの威力で踏み抜いたのかがわかる。

 もし当たっていればコロネの頭は林檎のように弾けとんでいただろう。


(なんつー威力ッスか。あんなの当たったら余裕で死ねるッスよ。しかも力だけじゃなくて速さもある。面倒ッスね本当に)


 内心で大きくため息を吐きながらコロネはグラウのことを観察した。

 グラウに対抗しようにも、まずは視なければ始まらない。コロネとしては非常に認めがたいことだが、今のグラウの力はコロネにとって間違いなく脅威だ。

 それを舐めてかかるほどコロネは愚かではない。


(足も腕もさっきまでと比べ物にならないくらい巨大になってる。あの掌……あたしの頭くらいなら軽く握りつぶせそうッスね。そんなの勘弁ッスけど。丸太みたいに太い脚……そこから魔力の塊を感じる。速度を出すためにあそこに魔力を集中させてるんスかね? でも一番の問題は……あの魔力量ッスね、間違いなく)


 今のグラウの体からは思わず呆れてしまいそうになるほど膨大な魔力があふれ出していた。ともすればそれは本気のコロネにも匹敵する……いや、それ以上の魔力量。そしてその魔力は今もまだ増え続けている。

 このまま増え続ければ無尽蔵の魔力を持つと言われるサレンにすら及ぶのではないかと思うほどだ。


「このままじゃ本気で手に負えなくなるッスね。なんとしてもここで倒すッス」

「ん~? おかしいな。私の聞き間違いか? この私の素晴らしく強化された耳が……私をここで倒すなどという戯言を拾ったのだが」

「聞き間違いじゃないッスよ。確かにあたしがどう言ったんスから。あんたはここで倒すッス。いや、ここであたしに倒される運命なんス」

「……ほう。どうやらまだ力の差を理解しきれていないらしい」

「力の差を理解できてないのはそっちの方じゃないッスか?」

「ふん、強がりもそこまでいくといっそ愛らしいな。貴様は何も見ていなかったようだ。いや、違うか。見たうえでの現実逃避か? ひ弱な人間というものはすぐに現実逃避する。愚かな種族だ」

「少し前まで自分も人間だったくせによく言うッスよ。それに、そっちこそ少し自惚れすぎじゃないッスか?」

「ほう?」

「力ばっかり強くなったって、それに頭が伴わないと意味ないッスよ」

「なんだと……」

「ありゃ、怒ったッスか? こんな小娘の言葉で怒るなんて……もしかして頭が足りない自覚でもあったんスか?」

「貴様ぁ! 粉々に粉砕してくれる!」

「乗ったッスね」


 易々とコロネの挑発に乗ったグラウは、頭に血を昇らせて突進してくる。しかしそれこそがコロネの狙いだ。

 今の自分の力に絶対の自信を持っているグラウは怒れば何も考えずに正面から攻めてくると、そう踏んでいたのだ。そしてそんなコロネの予想通り、グラウは正面から仕掛けてきた。

 普通であればそれでも問題はないのだろう。しかしグラウは失念してはいけなかったのだ。今自分が誰と戦っているのかということを。


「さぁやるッスよ【皇牙暴拳バーサークレオ】」


 コロネの言葉に呼応するように両拳に装着した【罪姫アトメント】が光り始める。


「ギリギリまで喰うッス!」

「死ね聖女!」


 コロネに向けて拳を振り下ろすグラウ。しかしそこにコロネの姿は無かった。


「なんだと? いったいどこに——っぅ!!」


 次の瞬間、右肩に走った激痛にグラウは驚愕する。それは痛みからの驚きではない。傷つけられたことにたいする驚きだ。

 そして、グラウに傷をつけた存在は壁に張り付いていた。


「グルルルゥ……」


 赤い瞳は獰猛に光り、その拳につけられた武具から伸びる爪刃は異様なほどに長く伸びていた。そして身に纏う金色の衣は陽炎のように光を放ち、ゆらゆらと揺らめいている。

 その姿はまさしく野生の獣だった。


「オワラセル……マジン……喰ライ尽クス!」


 コロネの操る【皇牙暴拳】が、その能力を発現した。

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