第64話 溢れる力
コロネの【
「一気に攻めさせてもらうッスよ」
「上等だ聖女。魔人となった私の力を思い知るがいい。瞬で終わらせてやる!」
最初に動いたのはグラウだった。コロネよりもはるかに大きい巨躯であるというにも関わらず、その動きは目で追えないほどに速い。
瞬きの間にコロネの前に立ったグラウはその巨腕を振り上げる。
「押し潰れろ!」
「ふっ!」
だがしかし、グラウの動きをコロネは完全に読んでいた。振り下ろされた巨腕を右ストレートで迎え撃つ。
「なんだとっ?!」
「なんでこの程度のことで驚いてるんスか? まさか本気で今の一撃で終わるとでも思ってたっスか? だとしたらあたしの……聖女の力を舐めすぎっスよ」
「ぐ、このぉ……っ!」
魔力で拳をコーティングしているため、コロネの刃がグラウに突き刺さってはいない。しかしグラウにとっては拮抗しているということが問題だった。
それはある意味で奇妙な光景だった。コロネの倍はあろうかという巨腕が本気で潰そうとしているのに、コロネの細腕を圧し折ることすらできず、むしろ押し返されている。
「今度はこっちから攻めるッス」
「っ!」
不意に押し返してくる力が無くなったことでグラウは前に姿勢を崩す。原因は単純で、コロネが腕から力を抜いて押し返すのをやめたのだ。
コロネは完全に脱力し、その体すれすれをグラウの拳が通り過ぎる。そしてコロネは地面に倒れ込む寸前で全身の力を爆発させると、滑るようにしてグラウの背後に回り込む。
そのまま足でグラウの足を刈り、その結果としてグラウの体が僅かに宙に浮く。
「まずは一撃!」
「ぐぼあぁっ!」
宙に体が浮いた無防備な姿勢。コロネは地面とグラウの体の間に割って入り、その鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ。咄嗟に魔力で体を強化したグラウだったが、その威力は殺しきれない。さらに自重と合わさって、深く鳩尾に拳が抉りこんだ。
「ん……思ったより硬いッスね。それなら、連撃でいかせてもらうッス!」
殴られた勢いで天井に衝突したグラウはそのままコロネから怒涛の連撃をくらう。反撃も、地に足を付けることも許されない猛攻だ。
並みの魔人であればミンチになってもおかしくないほどの威力で殴られ続けたグラウはいよいよ血反吐を吐きもらした。
「ぐぅ……この私が……」
「ちっ、想像以上に硬いッスね。結構本気で殴ったんスけど」
攻撃の手を止めたコロネはいったん距離を取り、呼吸を整える。一方、殴られ続けたグラウは全身ボロボロの様相でありながら、それでもしっかり自分の足で立ち上がった。
想像以上のタフネスに、思わず舌打ちした。
「くはは……くははははははっっ!!」
ゆっくりと体を起こすグラウは高らかに笑い声をあげた。それはどこか狂ったような笑いだ。
「何がおかしいんスか?」
「何がおかしいかだと? これが笑わずにいれるか! 私のこの肉体は、聖女の攻撃にすら耐えうると証明されたのだから! 見ろ!」
グラウはそう言って腕を大きく広げる。そしてその体を見たコロネは思わず驚きに目を見開いた。
再生しているのだ。グラウの体が。コロネの与えた傷が、まるで時間を巻き戻すかのように塞がって行く。
「どうだ。これが魔人の力! いや、私の力だ! 貴様の力など襲るるに足らず!」
「面倒ッスね本当に。さっさと片付けて次の場所に行かなきゃいけないっていうのに。でも……どうしたもんスかねぇ」
大きくため息を吐くコロネ。グラウの回復力を見て、普通の攻撃では効果が薄いことは理解した。
「あんまり相性良くないっスねぇ、これは」
コロネの【皇牙暴拳】の効果は《剛力》だ。コロネのもつ力を何倍にも、何十倍にも引き上げる。しかし言ってしまえばそれだけだ。効果は絶大だが、ユースティアの【
「どうした聖女よ。私の力を恐れているのか?」
「そんなわけないッスよ。あたしにあんたを恐れる理由がないッスから。いくら回復力が高かったとしても、それだけで勝てるほど聖女の力は甘くないッスよ」
「ふん、それだけではない。こうしている今も内から湧き上がる力は止まる所をしらない。まさに青天井。どうやら私の体は、私の想像していた以上に罪との相性が良かったようだ。これだけの力……完璧に制御できればドートル様を、いや、あの女を超えることすら容易い!!」
身の内から溢れ出る力にグラウは笑いが止まらなかった。本気で誰にでも勝てるとそう感じるほどに力が湧いていた。
そして、グラウの力が増すのに従ってその体もどんどん凶悪なものへと変化していく。腕はさらに太く、そして爪は鋭く伸びる。牙まで生えてくる始末だ。もはや人間だった頃のグラウの面影などほとんど残っていなかった。
「先ほど言っていたな。聖女の力を舐めすぎだと。であればその言葉をそのままそっくり返そう。あまり魔人の力を舐めるなよ」
そう言ってグラウは不敵な笑みを浮かべた。
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