第58話 【強欲】の罪

 幻術を破ったコロネとイリスの前に姿を現したのは『魔導神道』のリーダーであるグラウだった。

 グラウはコロネと初めて出会った時と同じ、気持ちの悪い笑みを浮かべてコロネ達のことを出迎える。


「グラウ……ここにいたッスか。答えるッス。ユースティア様はどこッスか」

「それに答える義理は残念ながらないので。しいて言えば、ここではないということでしょうか。あなた達がお探しのユースティア様は他の場所にいます。つまり、あなた達は外れの場所を選んでしまったというわけですね」

「外れじゃないッスよ」

「? どういうことで?」

「決まってるッス。あんたを捕まえて、あんたからユースティア様の居場所を聞き出す。それで解決ッス」

「……はぁ、相変わらず贖罪教というのは野蛮な存在ですね。こちらの話を聞こうともせず、咎人であるというだけで捕らえ、贖罪の対象としようとする。世では断罪教の方が野蛮だと言われていますが。私からすればちゃんちゃらおかしい。贖罪教も断罪教も同じだ。咎人の存在も魔人の存在も認めようとしない」

「当たり前ッス。人を傷つける。人にあだなす存在を認められるはずが無いッス。そして、そんな魔人を崇めるあんた達魔人崇拝組織も。魔人は悪。これは世の絶対の理っス」

「嘆かわしい。考えることをやめた愚かな人間。魔人こそが人間のあるべき姿。進化した姿であるというのに。進化した種である魔人が、劣等種を滅ぼそうとするのは当然ではありませんか。そして、進化なき存在に未来はない。ゆえに私は魔人になることを望む。あなた方は魔人となることを堕ちる、と言いますが。私から言わせればそれは間違いだ。魔人へ昇華する。こう表現するべきだ」

「……話にならないッス」


 グラウの考えをコロネは到底理解することができなかった。ましてや魔人が人間の進化した姿であるなど聖女として認めるわけがなかった。


「ずいぶん余裕な感じ出してるッスけど、二対一だってこと忘れてないッスか?」

「それはそうですね。私の力は非常に弱い。そこの少女にも一対一で勝てるか怪しいでしょう。ですが、それは私が私のままであったらの話です」

「何をするつもりッスか」


 ここはあくまで敵地。いくら数的有利を持ち、聖女としての力があるからといって油断はしない。

 前回の反省からそう決めて来たコロネは油断なくグラウのことを睨みつける。


「あなた達が来ることがわかっていて、何の準備もしないほど私は愚かではありません。あの御方から与えられた力が今の私にはある」

「力?」

「くふふ……」


 取り出したのはどす黒い液体の入った注射器。

 その注射器をグラウは恍惚とした表情で見つめる。


「これが何かわかりますか。わからないでしょうねぇ。これは……」

「……罪」

「おや。よくわかりましたね。その通りです。ドートル様は罪の抽出に成功された。これはいわば罪の塊」

「うっ……」


 グラウが持つ注射器。その中身を見たイリスはそのあまりの罪の濃さに吐き気を覚えた。 

 罪が視えるイリスだからこそわかる。その注射器に込められた罪の濃さが。一人分や二人分などではない。何十人分の罪が込められているのか。


「大丈夫ッスかイリスさん!」

「だ、大丈夫です。それよりも……あれを奪わないと」

「っ! あ、まずいッス!」


 罪の塊が注射器に収められている。

 その意味に気付いたコロネが慌ててグラウに近づくが、それよりもグラウの方が早かった。


「遅いですよ!」


 グラウが自身の腕に注射器を突き刺し、罪を注入する。その動きには一切の躊躇いが無かった。

 そして、変化はすぐに訪れた。


「うぐっ……あがぁ……ぁああああああああああああっっ!!!」


 もだえ苦しむグラウ。グラウの中で罪が暴れまわり、その身を喰らい尽くさんと蹂躙する。

 体内に収まり切らない罪が暴風のように室内で荒れ狂う。


「くっ、近づけないッス!」

「この状況じゃ弓も使えません」

「ガ、あ、ア、あああアアアアアアアアッッ」


 暴風の中心で叫び狂うグラウ。そして変化は訪れた。

 グラウの体がボコボコと隆起し、膨れ上がって行く。

 それほど大きいわけではなかったグラウの体が大きくなっていくのだ。

 細かった腕も倍以上に太くなる。

 それは明らかな、魔人化の兆候だった。


「そんなっ、咎人の段階を飛ばして急に魔人になるだなんて。どういう理屈ッスか!」

「フは……ふハハ……これが魔人ニなるトいうことカ……あぁ、心地イイ……」


 少しずつ理性を取り戻していくグラウ。グラウの体から感じる罪の波動に、コロネとイリスは思わず息を呑んだ。


「私は……俺は今、完成した」


 小さく息を吐くグラウ。

 己の体の感覚を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返す。

 変異を終えたグラウの体は先ほどまでとは見違えていた。肌も浅黒くなり、目は黄金色に輝いている。


「今脆弱な人間であった俺は、魔人へと昇華した。聖女よ、どうだ? 感じるか? わが身に宿るこの力を。これこそが、魔人の力!!」


 グラウが軽く腕を振ると、その先にあった机がグシャリとひしゃげる。


「素晴らしい……素晴らしいぞ! あぁ、これだ。これこそが俺の求めていた力! 全てを破壊し、世界をわが物にするための!」

「【強欲】……それがあんたが手にした罪ッスか」

「よくわかったな聖女。そうだ。俺が手にしたのは【強欲】の罪。ドートル様曰く、一番親和性の高かったものが【強欲】の罪だったらしい。しかし、そんなことはどうでもいい。魔人の力を手にすることができた。それだけで十分だ」

「まだ人の身であったなら救うこともできたのに。あんたは今その可能性すらも捨てたッス」

「救うなどとおこがましい。聖女が人を救えたことなど一度もないだろうに。さぁここからは俺の番だ。俺の輝かしい未来のために、その礎となれ聖女!」

「その思い上がり、ここで終わらせてやるッス!」


 そして、コロネとグラウの戦いが始まった。

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