第57話 幻術の破り方

 レインとエルゼが戦っているその頃、地下への侵入に成功したイリスとコロネは慎重に周囲を警戒しながら進んでいた。


「敵の気配は……しないッスね」

「そうですね。でもここはなんというか……少し気持ち悪いですね。それにこの感覚は……」

「……前と同じ感覚ッス」


 イリスの言う気持ち悪い感覚にコロネは覚えがあった。以前グラウと相対した時に、あの廃村で覚えた感覚。

 その時と同じものをコロネは感じていた。

 そしてイリスもまた、この地下の感覚に覚えがあった。

 イリスとしては思い出したくない感覚。


「魔界の……あちら側の感覚」

「やっぱり好きになれないッス。当たり前っスけど。だからッスかね、誰もいないのは」

「本当に誰もいないんでしょうか」


 イリスはいつでも弓を放てるように、矢をつがえたまま移動していた。

 地下という閉鎖された空間の中で弓矢を使うのは決して得策とは言えないが、遠距離で、音もほとんど出さずに敵を倒せるという点において現状これ以上の最適解がなかったのだ。

 コロネも音を出さずに敵の処理をすることができるが、それはあくまで近距離での話。遠距離の攻撃手段をほとんど持っていないのがコロネの課題の一つでもあった。


「んー、あたしの耳には何も聞こえてないッスから、大丈夫だとは思うッスけど」


 コロネは他者に比べて感覚が優れていた。人外とも呼べる領域に達しているサレンほどではないものの、その代わりにコロネには他者以上に優れているモノが一つあった。

 

「何より、あたしの勘が大丈夫だって言ってるッスから」


 それは第六感とも呼べるモノ。理屈などではない部分で何かを感じ取ることができる。それがコロネの特徴だった。

 あのエルゼをもってして、勘はコロネの方が優れていると言わしめるほどだ。

 だがその勘に頼り過ぎてしまうのがコロネのよくないところでもある。


「何かあってもあたしがイリスさんのことを守るッスよ」

「ありがとうございます」

「あー……反応薄いッスね」

「そうですか?」

「なんかそれもイリスさんって感じっス」


 警戒しながらも進むイリスとコロネだが、拍子抜けしてしまいそうになるほどに敵は出てこない。魔物も同様だ。

 外の喧騒が嘘であるかのように無音の状態が続く。

 肌にまとわりつくような嫌な感覚だけが二人を包む。


「道も薄暗いッスし……ここを作った人は間違いなく陰険ッスね」

「陰険……ですか」

「はいッス。だって普通ならこんな場所にはいれないッスよ。ジメジメとして薄暗くて、住んでる人の性格が現れるってもんッスよ」

「確かに一理あるのかもしれませんが……」


 それは今言う必要があることなのか、と暗に訴えるイリスの瞳にコロネは僅かにたじろぎ、目を逸らす。


「あたし、こういう沈黙っていうか静かな空間苦手なんス……」

「潜入任務をするには最悪の性格じゃないですか」

「あははー、まぁ自覚はしてるんスけどね。敵でもなんでも出てきてくれるといいんスけど」


 キョロキョロと周囲を見渡すコロネだが、もちろんのことながら出てくるはずもない。

 だがそこで不意にコロネが足を止めた。


「いえ、ちょっと待ってくださいッス」

「どうしたんですか?」

「あまりにも、何も無さすぎないッスか?」

「それは確かにそうですけど。だからこうして進んで……あ」

「イリスさんも気付いたッスか? あたし達ずっと、直進してるんス。曲がったりすることもなく、ずっと。ただただまっすぐ歩いてるんス。いくらなんでもおかしくないッスか?」


 コロネ達がいるのはあくまで地下だ。

 この地下の広さを正確に把握しているわけではないが、それでもこれだけまっすぐ歩き続けて、部屋も、曲がり角の一つもないというのは異常なことなことだ。

 コロネの言葉に、イリスもわずかに緊張を見せる。


「つまり……」

「迂闊だったッス。もしかしたら、地下に入ったその瞬間から罠に嵌められてたのかもしれないッス」


 幻術か、はたまた別の何かなのか。

 現状では判断できない。しかし、コロネとイリスが敵の罠にかかっていること自体は明白だった。


「どうしたもんッスかねぇ……」


 壁を触るコロネ。しかし、その手に伝わるのは冷たい壁の感触だけ。

 何のヒントも手掛かりもない。


「あたし達を殺すのが目的ならこんなことをする必要はないわけッスし。捕らえておく、あるいは時間を稼ぐことが目的なのかもしれないッスね」

「……なんでそんなに落ち着いてるんですか?」

「落ち着いてるわけではないんスけど。まぁでも、罠にかかってるってことに気付けたわけッスから。その時点で結構ラッキーなんス」


 罠というのは不意を突くものだ。であれば、罠が罠であることを悟られないままに終わらせるのが最上。罠だと気づかれてしまったその時、罠の効果は著しく下がる。

 そして罠に気付けたからこそ、コロネには一つの勝算があった。


「直接殺すような罠じゃないみたいッスから。たぶん幻術系の魔法ッス。幻術系の魔法を破る方法はいくつかあるッス。たとえば術者を見つけて気絶させるとかッスね。まぁこれは難しいんスけど」

「そうですね。普通は隠れると思いますし」

「そこでもう一つの方法ッス」

「どんな方法なんですか?」

「これはできる人が限られてるッス。でも、できるなら一番簡単な方法でもあるッス」

「?」

「こうやるんスよ」


 コロネの右腕に魔力が集中していく。果てしない魔力の高まりは、やがて塊のようになり、コロネの右腕を槌へと変える。


「ふんぬぁあああああああっっ!!」

「っ!」


 一撃。

 コロネが右腕を振り下ろし、地面が激しく割れる。

 あまりの衝撃にイリスはびっくりして目を閉じてしまったほどだ。

 放射状に割れる地面。しかし、その裂け目は地面のみならず壁へ、空間へと広がって行く。


「これは……」

「幻術の破り方その二ッス。幻術世界を維持できないほどの衝撃を与える。難しいッスけど、一番簡単な方法ッス」


 そして、ガラスの割れるような音と共にコロネの達のいた幻術世界が崩壊する。

 

「壊れたんですか?」

「そのはずッスけどねぇ」


 幻術世界は崩壊した。しかし、見える景色に大きな変化はない。

 依然としてジメジメとした薄暗い空間のままだ。


「いえ、やっぱり戻ってきてるッスよ。見てください」

「あれは……扉?」

「さっきまではあんなの無かったッスからね。もうこっちのこともバレてるっぽいッスし。遠慮無しに行くッスよ」


 もはや隠れる必要は無しと、コロネはずんずん進んでいく。


「ふんっ!」


 扉を開けずに破壊したコロネは、言葉通り遠慮無しに部屋に踏み込む。

 そんなコロネとイリスのことを、拍手で出迎える人物がいた。


「いやぁ、すごいです。さすが聖女様ですねぇ。もう少し時間を稼げるかと思ったんですけど。こんなに早く、しかもあんな乱暴な方法で破られるとは。本当に聖女というのは……つくづく規格外だ」

「グラウ……」


 部屋の中にいたのはグラウ。『魔導神道』のリーダーにして、コロネとユースティアが取り逃した男だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る