第56話 罪禍の檻
「三分……お待たせしました、リオルデルさん」
僅かに呼吸を乱しながら、エルゼは今にもレインに襲い掛かろうとしていた魔物を魔法で貫く。
本当にギリギリだった。三分という僅かな時間の中で魔物の発生源を探るのはエルゼであっても容易ではなかった。
後わずかに、数秒でもエルゼが戻って来るのが遅ければ魔物がレインのことをその牙で貫いていただろう。
そんなエルゼは、ボロボロで満身創痍となっているレインを見て小さく嘆息する。
「無茶なことをしますね」
「こ……こうでもしないと、エルゼ様のことを守れそうに無かったので」
「良い覚悟です。そしてあなたは私が信頼した通り、私に三分という時間を与えてくれた。感謝します」
「いえ、ギリギリでした。本当に……ありがとうございますエルゼ様、助けていただいて」
「ここからは私の番です。あなたのおかげで、発生源は全て把握できました」
今のエルゼの視界は二つに分かれていた。
右目で現実世界をそして左目で影の世界を見ていた。そして見つけた魔物の発生源に印をつけ、左目で常に視認している状態だ。
「見つけてしまえば後はこちらの物です。影の中を逃げ回ったとしても、もう逃げられない」
エルゼはそう言うと天に手を掲げる。
「“聖天の輝きよ、世界を照らし闇を払え”——『セイクリッドアロー』!」
遙か空から降り注ぐ光の矢。エルゼの魔法は狙いを外すことなく、影を穿つ。
「捉えました。はぁっ!!」
エルゼが魔法の出力を上げると、影の中から引きずり出されるように四人の魔人が飛び出してくる。
「うぐぅっ!」
「ぐぁっ!」
「くそ、なんで見つかった!?」
「影の中は安全じゃなかったのか?!」
影の中から引きずりだされた魔人達は動揺を隠せずにいた。
「魔人が四人も!?」
「えぇ。ですが魔人が四人も居たとなれば、この魔物の数にも納得できます」
「でも、四人も魔人がいるなんて……」
レインは疲労を訴える体に鞭を打って立ち上がろうとする。
魔人が四人。それがどれほどの脅威かわからないほどレインは愚かではない。
これまでたった一人の魔人でどれほどの村が滅んできたか。
しかし、緊迫した表情を浮かべるレインとは裏腹に、エルゼは余裕の表情を崩すことは無かった。
「大丈夫ですよ。私にとって問題だったのは、魔人の位置が掴めなかったことだけ。魔人がいくらいようとも、なんら問題はありません。リオルデルさんは下がっていてください」
「……わかりました」
エルゼの言葉には何の気負いも、緊張もない。心からそう思っているのだ。
魔人など何の脅威でもないと。
「聖女風情が……我らのことを舐めるなよ!」
「囲め、四方から挟撃すればいくら聖女といえど反応はできん!」
「侮ったことを後悔させてやる!」
「死ね聖女!!」
とはいえ、魔人もバカではない。正面から挑んで勝てるとは思っていなかった。
だからこそ挟撃という手段を選んだ。ここで聖女を倒せなければ計画がご破算になると、そう理解していたから。
そして計画が失敗するということは、この計画を立案したドートルの顔に泥を塗るということ。そうなればドートルの手で処刑される。いや、処刑される方がまだマシというような目に合わされることはわかりきっていた。
だからこそ魔人はそのドートルに対する恐怖を原動力に変え、エルゼに挑みかかった。
しかし、エルゼにとってその魔人の行動は想像の範疇。
「動きが雑なんですよあなた達は。【魂源魔法】——『罪禍の檻』」
地中から突き出た赤褐色の檻が魔人達のことを捕らえる。檻に捕らえられた魔人は身動き一つ取ることができない。
「なんだこれは!」
「くそ、動けねぇ!」
「この程度の拘束でぇ……っ!」
「ぐぅ……っ」
「無駄ですよ。いくら抵抗しても、あなた達は【魂源魔法】から逃れることはできない。あなた達が魔人である以上、この拘束は絶対。そしてこの檻はあなた達の力を奪い、喰らう。さぁ、食べなさい檻よ」
エルゼの言葉に呼応するように、檻が淡く光る。
すると突然魔人達が苦悶の声を上げ始めた。
「その苦しみはあなた達の罪そのもの。魔人となってしまった己のことを悔いながら……消えなさい」
「「「「あぁあああああああああっっっ!!」」」」
決着はあまりにも一瞬だった。
檻に捕らえられた魔人はまるで空気に溶けるように足先から消えていく。
それはまるで、檻そのものに食われているかのようだった。
「あなた達の罪はあなた達の死と、私の名でもって贖罪とします。次は正しき輪廻の元に生まれ変われるように、祈っていますよ」
短く瞑目したエルゼは、レインの方へと向き直る。
「すごいですねエルゼ様。魔人を四人とも……一瞬で」
「この程度のことであれば、他の聖女にも容易いでしょう。魔人自体の脅威というのはそれほどでもありませんから。ただ脅威があるとすれば……やはりこれでしょうか」
エルゼが地面から拾い上げたのは漆黒の腕輪。その腕輪にレインは見覚えがあった。
「それ、この間見た……」
「知っていましたか? そうです。影を操る能力を持った『影夢の腕輪』。しかもこの腕輪はおそらく、以前ユースティアに見せてもらった物よりも性能が良い。だからこそすぐに魔人の位置を見つけられなかった」
ただ影の世界にいるだけならば、エルゼの魔法ですぐに見つけ出すことができたかもしれない。でも今回魔人が使っていた腕輪はそれだけではなかった。気配を遮断する能力、影と影の間を移動する能力、様々な能力が付け加えられた結果エルゼでも見つけることが難しくなっていたのだ。
「これもまた要調査ですね。回収だけしておきましょう」
「とりあえず魔人を倒したおかげで、魔物の増加は止まりましたね」
「そうですね。残っている魔物は私達以外で対処できるでしょう。そこは任せるとして、私達もユースティアを探さないと」
「はい。イリス達も今頃探してるでしょうし……?」
その瞬間だった。地鳴りと共に何かが急速に近づいて来る音がレインの耳に届く。
「この音は……何かが近づいて来ている? リオルデルさん、構えてください」
「はいっ!」
音は明らかにレイン達に向かってきていた。
「この音……機械?」
地響きと共に地面を割りながら姿を現したそれは、レイン達のことを睥睨するように見下ろしていた。
その体は鈍く灰色の輝き、そして赤いラインが全身に走っていた。
「機械の……兵士……」
『魔壊機ディアボロス』。ドートルの作った兵器が、レイン達の前に姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます