第55話 勝負と賭け

 二十三体と九人。

 これは、レインがエルゼを守るために戦い始めてから、僅か一分の間に倒した魔物と敵兵の数だ。


「はぁ……はぁっ、くそっ」


(まだ一分……半分も時間が過ぎてねぇ)


 限界まで間延びした時間の中で、レインは一分という時間の長さをこの上ないほどに感じていた。

 右を見ても、左を見ても目を覆うほどの敵の数。兵の数自体はそれほど多いわけではない。しかし、やはり魔物の数が異常だった。

 どこから湧いてきているのか、倒せども倒せども魔物が減ったように見えない。

 

(もし持ってるのが『紅蓮竜牙』じゃなかったら確実にもう終わってる。魔物の質じゃなくて量で押し切ろうとしてる。ふざけんなって話だ)


 魔物一体の力はそれほど強力なわけではない。レインの力でも問題なく勝てる。だがそこに数という要素が加わった時、一気に凶悪な代物になる。


「でも……抜かせてたまるか!」


 ここまでくればほとんど意地だ。たとえ手足が千切れても魔物も敵兵もエルゼのもとにはいかせない。


「俺はティアの従者なんだっ!」


 絶対無敵の最強聖女ユースティア。その従者であるレインが、一度決めた覚悟すら貫き通せないなどということがあっていいはずがない。

 眦を吊り上げ、不退転の意志を込めて迫りくる魔物を睨みつけるレイン。

 しかし魔物からすれば、そんなレインの意志など関係ない。ただ本能のままに、目の前にやって来る敵を喰らい尽くさんとして襲いかかる。


「おらぁっ!」


 一番近くにいた魔物を撃ち抜く。

 今のレインは集中力が限界まで高まり、全てがゆっくりに見えているような状態、いわばゾーンに入っていた。

 加速していく思考の中で、レインは地面に線を引く。

 その線より先に魔物も敵兵もやって来させないとそう決めて。線に近づいた魔物から処理していた。


「こんのっ!」


 捨て身で飛び掛かって来る魔物を撃ち抜く。

 魔物のなかで一番多いのは狼型。素早い動きで魔物をかく乱し、鋭い爪と牙で獲物に喰らいつく魔物だ。

 そして本物の狼よろしく、集団で襲いかかって来る。


(一匹ずつやってたんじゃ処理が間に合わない。だったら!)


 レインは『紅蓮竜牙』を連射モードに変更する。一発ごとの威力は下がるものの、その分連射能力が飛躍的に向上するのだ。撃ちだす弾丸も普通の弾丸ではなく魔力弾。事前に銃に備えつけてあった魔蓄石から魔力を吸い取り、弾丸へと変更するのだ。

 唸りを上げて銃の形態が変化する。竜の顎を開くように銃口の部分が開き、銃自体が一回りほど大きくなる。

 ズダダダダダダッ! と魔力弾の撃ち出される音が響く。威力が下がるとは言っても、連射していればその反動はバカにできない。

 必死に歯を食いしばって反動に耐えながら、近づいて来る魔物を一掃する。対多数の戦いが苦手なレインにとって、この連射モードだけが唯一多数に対して使える手段だった。


「くそ、まだか……まだ三分経たないのかよ」


 連射し続けるという性質上、魔蓄石内の魔力は驚くほど早く消耗していく。


「ちっ、くそ。もう切れたのか。こいつだけは使いたくなかったのによ!」


 オートリロードできるようになっている銃弾とは違い、魔蓄石はレイン自身の手で取り変えなければいけない。しかしこの一秒を争う戦いの中に置いてその時間はあまりにも致命的だ。

 レインは魔蓄石を交換する時間を稼ぐために、もう一つの道具を使った。

 それは、爆音石。文字通り、爆発したかのような音を響かせる石だ。

 レインがその石を地面に叩きつけた瞬間、耳を劈くような爆音が一帯に響き渡る。

 威力があるわけではない。ただ大きい音が出るだけ。しかし、その音がもたらした効果は絶大だった。

 突如として鳴り響いた爆音に、周囲にいた魔物も敵兵も一瞬動きを硬直させる。

 

「っぅ……!」


 一番ダメージが大きいのは近くに居たレインだ。鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音を間近で浴びながら、魔蓄石を交換する。捨て身の作戦だ。


(魔蓄石の残りは後四つ。一回で撃ち尽くすのに約二十秒。つまり、この魔蓄石で稼げる時間は後一分が限界)


 レインが戦い始めてから経過した時間は約一分半。魔蓄石を使った連射がで稼げるのは一分。合わせてに二分半。エルゼが言っていた三分まで三十秒足りなかった。


(どうする。どうやって三十秒稼ぐっ)


 レインの心に浮かぶ焦り。連射を重ねる一分の間に、残り三十秒の時間の稼ぎ方を必死に考える。


(捨て身で攻撃する? いやでもそんなので稼げるのはせいぜい数秒だ。あぁくそっ! こういう時に魔法使えたら……いや、ないものねだりするな。今持ってる手札で方法を考えろ!)


 十秒、二十秒。魔蓄石を入れ替えてさらに十秒、二十秒。レインの考えがまとまらないままに猶予は徐々に失われていく。


「これで最後……っ」


 せめて少しでも魔物の数が減っていれば取れる手段もあったかもしれない。しかし、魔物の数は減るどころか増えていた。理由は単純だ。レインが使った爆音石。

 その音を聞いて他の場所にいた魔物までレインの方へと集中し始めたのだ。


(残り十秒……くそ、せめて魔蓄石があと一つ……もう少し魔力があれば)


 その瞬間だった。レインの脳裏に天啓の如き閃きが走る。しかしそれはあまりにも賭け、それも分の悪い賭けだった。


「でもそれでも……やるしかない!」


 十秒が経ち、最後の魔蓄石の魔力が尽きる。そしてレインはそのまま、空になった魔蓄石に再び魔力を注入した。

 己の、罪の封印に使っている魔力を。


「ぐっ、くぅ……」


 レイン自身の魔力を使用したことで、レインの罪が暴れ始める。

 これは賭けだ。レインが封印を維持しきれないほどに魔力を消耗するか、それともその前に三十秒が経過するか。

 分が悪いことは承知で、それでもこの局面を乗り切るためにやるしかないとレインは判断したのだ。


「おらぁあああああああっっ!!」

 

 銃弾が放たれるたびにレインの中の魔力がとんでもない勢いで消費されていく。そしてそれに伴って罪が暴れ出し、レインから冷静な判断力を奪おうとする。


(モットイカレ。モットコロセ、モット、モット!)


 あふれ出そうとするレインの中の【憤怒】が視界を赤く染めていく。目の前にいる魔物が、人が、全て家族を殺した魔人の姿と重なって見える。


(ニクメ、ニクメ、サァ、ニクメッッ!! イカリヲヨコセッッ!!)


「黙れ……黙れぇっ!」


 頭を支配しようとする【憤怒】を、レインはただの意志の力でもってねじ伏せる。


「俺はティアを救いに行く。【憤怒お前】の戯言に耳を貸してる暇はねーんだよっ!!」


 口内の頬肉を自ら噛み、その痛みで無理やり意識を保つレイン。

そうして時間を稼いでいたレインだが、三分まであと数秒という所で限界を迎えてしまった。

体力、魔力、ともに出し尽くしてしまったのだ。


「あ、しまっ——」


 糸が切れるように膝をつくレインそれを見た魔物がここぞとばかりにレインに向けて突進してくる。


「くそ……」


 立ち上がろうとするが間に合わない。

 魔物が肉薄し、その牙がレインを貫こうとしたその刹那だった。


「——『ホーリーレイン』」


 光の雨が降り注いだ。


「っ!」

「三分……お待たせしました、リオルデルさん」


 それはレインが賭けに勝利したことを告げる声。

 エルゼが腕を振りかざした姿で立っていた。

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