第54話 エルゼの信頼、レインの覚悟

 影の中に魔物の発生源を隠されている。その情報はレイン達にとって最悪と言っても良いものだった。

 この村の中にいったいどれほどの影があるのか。それがわからないほどレインは愚かではない。敵兵の影に隠れているのか。家の影に隠れているのか。はたまた全く別のところに隠れているのか。

 少し考えただけでも多くの候補が浮かぶ。その中から正確に見つけなければいけないなどあまりにも難しすぎる。


「……くぅ」

「大丈夫ですかエルゼ様」

「私は大丈夫です」


 知覚する範囲を一気に増やしたことで、情報量が桁違いに増えたエルゼは激しい頭痛に襲われていた。

 今のエルゼは里の全範囲だけでなく、その裏側。影の世界にまで及んでいた。

 普段触れることのない影の世界の情報量はあまりにも膨大で、エルゼをもってしてもギリギリの状態だった。

 しかしだからといってエルゼはこの状態を解除するわけにはいかなかった。

 

(今私が影の世界からの情報を遮断したら、確実に見つけられなくなる。そんなことを認めるわけにはいかない。聖女として、できないなんてことは認めない。必要な情報を見極める。まずはそこからです)


 全ての情報を取得しているから脳の処理が追い付かない。

 だからこそエルゼは必要な情報を取捨選択することにした。


(必要なのは魔物の発生源に関する情報。表の世界で見つからないから影の世界にいる。なら表の世界の情報はいらない)


 刹那の思考。エルゼは一つの決断を下した。


「……リオルデルさん。五分……いえ、三分で構いません。私のこと、守ってください」

「え?」

「私は今から、全ての意識を影の世界に集中させます。その間、表の世界の情報は全て遮断します。一切合切、全てをです。視覚も聴覚も何もかもをです。つまり、私は完全に無防備になります」


 だからその間、自分のことを守ってくれとエルゼは言っているのだ。

 全てはレインの力を信用してのことだ。

 この激しい戦いの中で、己の身をレインに任せると決めたのだ。

 エルゼは覚悟を決めた瞳でレインのことを見つめる。

 ここが正念場だとエルゼは判断していた。

 後はレインの覚悟だけだ。


「……わかりました。エルゼ様のことは絶対に守ってみせます」


 レインの決断もまた一瞬だった。

 できるできないではない。やるしかないのだ。

 ユースティアを救うためになんでもするとレインは決めた。そのためにエルゼを守らなければいけないというのであれば、レインは命を賭してエルゼを守るだけだ。


「いい目です。それでは……後は任せます」


 そういうとエルゼは地面に手をついて目を閉じる。

 すでに完全に意識を影の世界へと向けていた。


「三分か……」


 時間にすれば一瞬。しかしこの戦場においての三分は想像を絶するほどに長いことをレインは知っている。

 すでに敵兵も、そして魔物もレイン達に目を向けている。前後左右、どこを見ても敵だらけ。他の兵も戦っているため、助力は期待できない。


「俺の全部を賭す」


 覚悟を決めたレインは『紅蓮竜牙』を構える。


「どっからでもかかってきやがれ!!」


 そして、レインの真価が試される戦いが始まった。





□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 同じ頃。村にある地下のとある場所にて。


「あっははははは! すごいねぇ、すごい戦いだ」


 地上の光景を見ていたドートルはケラケラと大きな笑い声をあげる。


「見てくださいよユースティア様。面白いように人が倒れていきますよぉ。数ではこちらが有利なはずなんですけどねぇ。いやはや、こちらの兵が弱いのか。それとも贖罪教の兵が優秀なのか」

「両方……でしょ。もっとちゃんと兵の教育してなかったことを悔やむのね」

「そうだねぇ。こんなことなら……こっちの兵をもっと連れて来れば、もっと面白いものが見れたのに」

「っ!」


 ドートルの兵、ということはつまり魔人の兵ということだ。

 もし魔人の兵がこの村に解き放たれれば、その先に起こる悲劇など想像に難くない。


「おっと、そんなに怒らないでくださいよ。ちょっとした冗談じゃないですか」

「ふざけるな」

「怖い顔ですねぇまったく。ですが、この分では兵が突破され、この場所は見つけられるのも時間の問題……とは、いきませんねぇ」


 ニヤニヤと、嫌らしい笑みを浮かべるドートル。嗜虐心に満ちたその笑みは、これから起こるであろう……否、自ら起こす惨劇を想像してのものだった。


「そろそろ出しましょうかぁ。私が今回持ってきた秘密兵器を」

「あんなものを……あんなものをお前は本気で使うつもりなのかっ!」


 ドートルの言う秘密兵器をユースティアは知っていた。見せられていた。そしてその兵器に対してユースティアは隠しようもない嫌悪の感情を抱いていた。

 しかし、それに対してドートルはなんでもないことのように平然と言う。


「えぇ、当たり前じゃないですか。兵器は使うためにある。そして私は面白い光景を見るために……おっと、違いますね。魔神王様のために兵器を開発しているんです」

「このっ」


 ユースティアを繋ぐ鎖がガシャンと激しい音を鳴らす。しかし、ユースティアがどれほど力を込めても鎖が外れることはない。


「お優しいですねぇ、ユースティア様は」


 怒りを隠そうともしないユースティアを見てドートルはさらに笑みを濃くする。


「そんなユースティア様がどんな表情をされるのか。今からすごく楽しみです。さぁ、目覚めなさい——『魔壊機ディアボロス』」


 そして、ドートルの作りあげた兵器が起動した。

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