第49話 ユースティアとドートル

「ん……う……」

「おやぁ。目が覚めましたかぁ?」

「っ!」


 ユースティアが目を覚ますと同時、不愉快な声が聞こえてくる。

 その声を聞いた瞬間、まだ起ききっていなかった頭が一気に覚醒する。

 跳ね起きるように体を起こしたユースティアだったが、そこで自分の体が鎖に繋がれているということに気づいた。


「これは……」

「いや、無礼だとは思ったんですけどねぇ。ここで全力で暴れられても困りますから」

「ちっ」


 敬語で話しつつも、どこか人を小馬鹿にしたような態度が拭えないドートルにリリアは不愉快さを隠そうともせず舌打ちする。


「舌打ちだなんて行儀が悪いですよ。全く、人族は教育の一つもまともにできないんですかねぇ」

「お前が知ったような口を利くな。私は礼儀を完璧に学んでる。使う相手を選んでるだけだ」

「つまりわたしは使うに値しない相手だと」

「そういうことだ」

「いけませんねぇ。相手をえり好みしているようでは。まぁいいでしょう。我儘なお姫様の言うことを聞くのも配下の役目ですからね」

「お前なんか配下にした覚えはない」

「えぇ、わたしもユースティア様の配下になったつもりはありませんよ。わたしの主はただ一人。フィーリア様だけですから。あの方の娘だからこそ、あなたのことを尊重しているのです。そうでなければここまでのことはしませんから」

「ふん」

「フィーリア様は大変心を痛めておられましたよ。それも当然の話です。愛をこめて育てていた娘に突然家出されたのですから。おいたわしい話です。それから必死に捜索されて、ようやく見つけたと思ったら魔人の怨敵である聖女になっていた。わたしはフィーリア様が心労で倒れられないかとずっと心配でしたよ。えぇ、本当に」

「どーだか」


 口では心配していたというドートルだが、その言葉がどこまで本音であるのかまではわからない。

 口にすること全てが本当のようにも聞こえるし、嘘のようにも聞こえる。それがドートルという魔人だった。


「信用が無いというのは悲しいですねぇ。まぁどうでもいいですが」


 ユースティアと話す傍ら、ドートルはずっと何かしらの作業を続けていた。しかしユースティアにはそれが何の作業であるかわからない。

 ルーナルの屋敷で見たような機械が多く部屋の中には設置されていた。それを何に使おうとしているのか。

 機械に聡くないユースティアにはわからなかったのだ。

 暴れて逃げ出そうにも、ユースティアの手を縛る鎖は魔封じの鎖。この鎖をつけられた状態では魔力の行使を著しく制限される。

 今のユースティアは本来の力の一割以下の力しか出せない状態だった。

 そんな状況で暴れても、ドートルに抑えられるのが目に見えている。だからこそユースティアは冷静に状況を判断し、逃げ出す隙を探っていた。

 さっきからドートルを苛立たせるような発言をしているのもそれが理由だ。冷静さを欠けば隙が生まれる。その隙をついて逃げ出すつもりだったのだ。

 残念なことに効果は薄かっただ。


「私をどうするつもりだ」

「もちろん、魔人の領域へと連れて帰ります……と、言いたいところですが。今のままでは難しい。というわけで、わたしの発明を使ってユースティア様には魔人の血を覚醒させていただこうかと」

「なんだと?」

「わたしが用意したゲートは魔人しか通れないのですよ。だからユースティア様には魔人になっていただき、ご帰還いただくと。そういうわけでございます。ご安心ください。そのために生贄はもうすでに用意してありますから」

「発明……発明か。お前が最近妙な腕輪を作って魔人に持たせているのか」

「えぇ。そうです。あれはほとんど失敗作ですが。今回ユースティア様に使ったものが本物ですよ。気配も、魔力すら察知させずに相手の影に潜り込む。影の魔人の能力を調べきるには時間がかかりましたが、それだけ良い発明ができました」

「私にとっては最悪の発明だ」


 嬉しそうに語るドートル。

 ユースティアとドートルは今回が初対面ではない。

 ユースティア自身の記憶にはほとんど残っていないが、ドートルはユースティアのことをよく覚えていた。


(ふふ、あんなにがこうなるなんて……本当に面白い。復讐心はこうまで人を変える。興味深い。研究したい……おっと、ダメダメ。彼女はフィーリア様の娘。そして、この世界を終わらせるための鍵なんだから)


「なに笑ってる」

「いえいえ。あんなにお母さま、お母さまと言っていたのに。成長するとこうなってしまうのだなぁと思いまして」

「そんなこと言ってないし、私はあいつを母親だなんて認めない!」

「その言葉、フィーリア様の前では絶対に言わないでくださいよ。実の娘にそんなこと言われたら、あの方は八つ当たりで街をいくつか滅ぼすくらい平気でやりますから」

「ふん、魔人の街がどうなろうが知ったことか」

「酷いですねぇ、まったく。我々も生きているというのに。それと、さっきから逃げる隙を探しておられるようですが、無意味ですよ」

「っ!」


 全てを見透かすようなドートルの視線がユースティアに突き刺さる。

 ドートルはユースティアの考えに気付いていた。気付いたうえで見逃していたのだ。

 どうせ無意味なことだからと。


「ユースティア様がわたしに捕まる直前に逃がした二匹の黒狼。そのうちの一匹はユースティア様の想定通りこの国の聖女のもとへとたどり着いたようです。まさかあのタイミングであんな形で反撃されるとは、予想外でした」


 その言葉に嘘はない。ユースティアに一切の反撃をさせないつもりでドートルは動いたのだ。だというのに結果は反撃を許してしまった。そのことがドートルは悔しく、そして同じくらいユースティアの手腕を評価していた。


「わたしの予想を超えた成長です。嬉しかったですよ。そしてだからこそわたしは、その後の聖女の動きを想定した準備をしなくてはいけなくなったんですから。おかげで寝不足です。でもそのかわり、良いものを用意できました。まだ試作品段階ですが……聖女相手ならばこれで十分でしょう。ご覧ください」


 そう言ってドートルは、ずっと準備していた新しい兵器をユースティアに見せる。


「っ! これは……こんなものを……」


 それを見たユースティアは驚きに目を見開く。


「楽しみですねぇ、早くここまでやって来て欲しいものです」


 サンタを待つ子供のようにはしゃぐドートル。

 そして、運命の日がやってきた。


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