第48話 彼女の光

 最初はただの興味本位だった。死にかけていた彼の目にあったのは、魔人に対する限りない憤怒。でもそれだけじゃなかった。

 その目にあったのは、希望。死の淵にあってなお、絶望と憤怒に呑まれてなお彼は希望を捨て去ることはしなかった。

 どんなに小さな希望だったとしても、彼は希望を持ち続けていた。

 だから助けた。気付けば助けていた。

 なぜそんなことをしたのか。今となってはその理由すら判然としない。

 ただ助けた。助けられたから助けた。興味があったから。最初は本当にただそれだけだった。




 目を覚ました彼が放った第一声は「助けてくれてありがとう」という感謝だった。

 怨嗟の目を向けられると思っていた。なぜもっと早く助けてくれなかったのか。そんな人は今まで大勢いたから。

 だからこそ面食らった。なぜ感謝されているのかわからなかったから。何も救えなかったのに、なぜ感謝できるのかと。

 そう問いかけた時、彼は少し困った顔をしながらも教えてくれた。


「だって、助けに来てくれたから」


 結果ではない。行動に対する感謝。

 頭を殴られたような気になった。今まで評価してきた人は全員、結果しか見なかったから。

 何人救えた。何人死んだ。

 その数字でしか見てくれなかった。

 その時なんて返したのかは覚えていない。

 なぜか急に照れくさくなったのだけ覚えている。

 それから彼のいる場所に通うようになった。

 体の状態を確認する。そんな都合の良い言い訳を使って毎日のように会いに行った。

 その過程で彼の名前を知った。


 レイン・リオルデル。


それが彼の名前だった。

 なんとなく名前で呼ぶのが気恥ずかしかったのを覚えてる。

 気付いたら普通に呼ぶようになっていたけど。

 それから彼と一緒に過ごすうちに、体の傷が完治した。

 完治した彼はそのまま孤児院へと引き取られる……はずだった。

 でもそれはできなかった。傷は完治しても、彼の体には大きな問題が残っていたから。

 彼の体に、罪が根付いている。

 杞憂していたことが現実になってしまった。

 自分の血を使った時点でその可能性は考慮していた。

 このまま放置することはできない。しかし罪を取り除くこともできない。

 そうなった時、気付けば声を上げていた。

 自分が責任をもって彼の近くにいると。対処してみせると。

 多くの反対を受けながらも押し切った。

 そして彼との生活が始まった。

 そこからはあまりにも多くのことがありすぎて、語り尽くせない。

 楽しかった思い出も、怒った思い出も、いくらでもある。

 彼の前でだけは自分を偽ることなく接することができた。自分の本当をさらけ出せた。


 気付けば彼は……私にとっての『光』になっていた。


 復讐。憤怒。憎悪。それだけを抱えて生きてきた私が、その闇に呑まれないために見つけた一つの光。

 失いたくない光。

 でもきっと私の真実を話せば彼は私から離れていく。光が無くなる。

 そうなった時、私はきっと闇に呑まれる。

 いや、それでいいのかもしれない。

 だって私に彼の傍にいる資格はない。彼を騙し続けていた私に、それは許されない。




だから私は私をもう一度思い出さないといけない。

弱かった自分を捨てて、強い自分を思い描いたあの時と同じように。

私は光を捨てて、憤怒の闇に己を浸す。

それでもう二度と彼に……に会えなくなったとしても、積み上げてきた全部を無くしたって構わない。

光なんていらない。私に必要なのは憎悪だけだ。だから、弱い私は、過去の私は記憶の海に沈め。


「私は全ての魔人を、そして魔神王を滅ぼす。たとえこの命と引き換えにしても!!」


 本当にそれでいいの?

 そう呟く弱い自分もう一人の自分の声に、私は気付かないふりをした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る