第47話 レインの答え

「まったくもってくだらない、です」

「……は?」


 イリスの言葉にレインは思わず言葉を失った。

 イリスの目に浮かぶのは明らかな失望の感情。しかしレインにはその理由がわからなかった。


「なんでかわからないって顔ですね」

「いやそりゃわかんねぇよ。なんで急に俺の悩みをくだらないとか言われないといけねぇんだ」

「くだらない悩みはくだらないです。今のレインさんが抱える悩みはユースティア様の必死の想いも無視した最低の悩みです。いいですかレインさん、私は今かなり怒っています」

「お、おう……」


 ずいっと顔を近づけてくるイリス。相変わらず無表情なだけのようにも見えるが、その顔はどこか怒りを滲ませているようにも見えた。


「レインさんにとって、ユースティア様っていったいどんな存在ですか?」

「どんな存在って言われても……」

「私にとっては、レインさんと同じ命の恩人です。ユースティア様がいなければ私はここにいない。こうして私がここにいることができるのはレインさんとユースティア様のおかげです。それはユースティア様が魔人の血を受け継いだ存在であったとしても、変わりない事実です」

「っ」

「私にとって大事なのはそれだけです。レインさんが、ユースティア様が私のことを救ってくれた。そこに血の要素は一切関係ない。極端な話にはなりますが、たとえユースティア様が魔人そのものだったとしても、私はきっと今と変わらないでしょう。大事なのは血じゃありません。その人自身です。そして改めて問います。レインさんにとって、ユースティア様とはどんな存在ですか」

「俺にとってティアは……」


 イリスに問われて、レインは改めて考える。

 自分にとってユースティアがどんな存在かと言うことを。

 だがそれは考えるまでもなく、レインの中にずっとあった一つの答えだった。

 ユースティアに救われたその日から、何一つ変わってはいない。


「光だ」


 ポツリと、レインは小さく呟く。


「ティアは……あいつは、俺にとって光なんだ。俺の行く末を照らしてくれる。あいつがいるから、俺はここまで来ることができた。迷っても、悩んでも、あの光だけを見つめて進めばよかった。そうすればきっとその先に未来があるって信じれたから」


 ユースティアの救われたその日。レインは同時に人生を生きていくための大きな光を手に入れたのだ。


「それは……ティアが魔人の血を引いてたって変わらない事実だ。あいつはこれまで俺の人生を照らし続けてくれた。その事実に嘘も偽りもない」


 そんな当たり前のことにすら、レインは気付けなかった。気付く余裕が無かったのだ。『魔人』という言葉が、レインが最初から持っていた答えを覆い隠してしまっていたから。


「そうです。何も変わらないんですよ。ユースティア様が魔人の血を引いているからなんですか? それで今までしてきたことが全て無くなるんですか? 違います。ユースティア様は私達を裏切ってなんかいない。ただレインさんが勝手に、そう思いこんだだけなんです。そうやって目を曇らせてしまったから。本当に大事なことにも気付けなかった」

「本当に大事なこと?」

「今、レインさんは岐路に立たされています。きっとこの先の人生を大きく左右するような、そんな岐路に。レインさんは言いましたよね。レインさんにとってユースティア様は光だって」

「改めて言うと恥ずいけど、まぁ、そう言った」

「それは一つの答えです。でも今はそのことを忘れましょう」

「は? 忘れる?」

「レインさんが見えなくなっているのはそれだけじゃありません。むしろこっちの方が根深い問題かもしれません。でも、今ならきっと気付けるはずです」

「いや、話が全然見えないんだが」

「レインさんにとってユースティア様は光。それはきっとそうなんでしょう。だからこそ、その光に目が眩んで気付けないこともある」

「光に……目が眩む」

「ユースティア様は、レインさんに自分の本当を伝える時どんな顔をしてましたか」

「どんなって、それは……」


 その時のことも思い出そうとするレイン。あの時のユースティアがどんな表情をしていたのかを。

 動揺ばかりが記憶に残っていたが、ユースティアのことも確かにレインの記憶に残っていた。そして、その記憶の中でユースティアは——。


「泣きそうな……顔をしてた」

「……だと思いました。レインさん、全部忘れてください。魔人の血を引いてることも、レインさんにとって光だって言うことも。もうわかりますよね。ユースティア様も私と同じなんです。レインさんは口でなんて言ってたとしても、きっと本心からはそう思えていなかった。それだけユースティア様の光がレインさんの心を満たしていたから。聖女だろうがなんだろうが、ユースティア様も……ただの十七歳の女の子なんですよ」

「…………」

「だからこそ話せなかったんだと思います。レインさんに本当のことを。真実を。怖かったから。レインさんにどう思われるかわからなかったから。そしてだからこそレインさんに決断を託した。レインさん自身の意思で選んでくれれば、いつもの自分に戻れると思ったから」

「……でも、俺は選べなかった。選べなかったから、あいつを傷つけた」

「確かにそうかもしれませんけど、それが間違いだったとは言いません。レインさんの気持ちもわかりますから」


 イリスの言葉を聞いて、一つずつ整理してみればあまりにも容易く答えが見えてきた。

 レインはそんな当たり前のことにすら気付けなかった自分が情けなさすぎて、思わず自嘲してしまう。


「全部私の憶測ですけどね」

「憶測でそこまで言えたらすげーよ。なんでそこまでわかるんだ?」

「私も女の子だから、でしょうか」

「だったら俺には一生無理だな」

「諦めたらそこで終わりですよ」

「……そうだな」

「悩みは解決しましたか?」

「……あぁ。ありがとう。答えも出た。次に会ったら、俺の答えをあいつに伝えるよ」


 そう告げるレインの表情は、それまでとは違って晴れ晴れとしていた。

 その様子を見てイリスはホッと息を吐く。


「もう大丈夫そうですね」

「……ありがとうイリス」

「このお礼はユースティア様を救出したらたっぷり返してもらうことにします。これは冗談じゃありませんからね」

「あぁ、わかったよ。そのためにも……あいつをちゃんと助けないとな」

「はい」


 ようやく答えを見つけたレイン。

 その答えを胸に、レインは運命の日を迎えるのだった。

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