第46話 相談事
クロノドル前の村、スクラブにて。
夜。宿の一室でレインは窓から月を眺めていた。
エルゼから早く休むように言われ、レイン自身も早く休もうと思っていた。しかし気持ちが昂っているせいなのか、中々寝つけなかったのだ。
「まずはティアを助ける。でも……そっから俺はどうすんだ?」
ユースティアを助けるということにレイン自身、何の迷いもない。
しかし、いまだにレインの中でユースティアに告げられた真実を消化しきれないでいた。それを消化しきる前に、答えを出す前に今回の一件が起きてしまったからだ。
「聞かなかったことにする。なかったことにする。なんてことはできねぇよな。さすがに」
それは意を決して真実を伝えてくれたユースティアの心を踏みにじる行為だ。だからこそレインは答えを出さなければいけない。
共にいるのか。離れるのか。
ユースティアはレインにその選択を託したのだから。
一人でいると思考がぐるぐると巡る。そんな場合ではないとレイン自身も理解しているのだが、だが同時に答えを出さなければいけないとレインの本能がそう告げていた。
「…………」
やるべきこと、決めなければいけないこと。その全てがユースティアと関わっている。
何から手をつければいいかわからなくなっている現状に、レインがいよいよ苛立ちを募らせ始めた頃。
不意に部屋の扉がノックされた。
「? はい」
「私です」
「イリス?」
「はい。入っても大丈夫ですか?」
「あぁ。大丈夫だけど」
「失礼します」
そう言って部屋に入ってきたイリス。
「どうしたんだ……っていうか、メイド服のままなんだな」
「さすがに誰かの部屋を訪ねるのに寝間着では来ません。もしかしてレインさんはそっちの方が良かったですか?」
「いや、別にそういうこと言ってるわけじゃねぇけど。で、なんなんだよ」
「レインさんが悩んでいるのではないかと思いまして」
「っ!」
「その表情。やはり図星でしたか? ユースティア様との一件、まだレインさんの中で消化しきれてないんでしょう?」
「……よくわかったな」
「えぇ。私はずっとレインさんのことを見ていますので」
「……は?」
「冗談です。ジョークです。ジョーク」
「いやだからお前の冗談は真顔だからわかりづらい……って、なんかこれ言うのも久しぶりな気がするな」
「確かにそうかもしれませんね。最近はずっと真面目に働いていましたから。とにかく、そんなわけで私はレインさんの悩みを解消……できるかどうかはわからないので、せめて聞き役にくらいはなってあげようと思ってきました」
「前は俺の中で整理ができるまで待つとか言ってなかったか?」
「そうでしたか? そんな前のことは覚えていませんね」
「そんなに前じゃねぇよ! たった数日前の出来事だろうが!」
「たったではありません。もう数日前です。そして数日も経てば私の考えも変化します。私は日々進化しているのです」
「進化って……それは進化なのか?」
「変化を恐れるのは最も愚かなことです。変化なくして進化なし。と、以前ユースティア様がおっしゃっていました」
「はは、あいつが言いそうなことだ」
「常に最前線を走り続けるユースティア様だからこそなのでしょうね。この考えは。多くの人は安定を求めます。そして安定とは停滞。生命における停滞は退化と同義です。そして今レインさんは……変化か停滞かの選択を迎えようとしている」
「っ!」
「その選択の手助けをしたいと思うのは……傲慢でしょうか」
「それは……」
「それに、レインさんは一人ではきっと答えを出せないでしょうから。レインさんの整理ができるまで待っていたらきっと歳をとって死んでしまいます」
「そこまでか?!」
「冗談です。ジョークです」
「あのなぁ……はぁ、いや。でもそうだな。イリスの言う通りだ。俺一人じゃきっと答えは出せない。だから……聞いてくれるか?」
「はい。喜んで。どんな話でもどんとこいです」
ユースティアのことについて勝手に話してしまっていいものか。
悩みに悩んだレインだったが、ここにいるのは他でもないイリスだ。
イリスならば無闇に口外するような真似はしないだろうと判断して、レインはユースティアから告げられた真実をイリスにも伝えた。
ユースティアに魔人の血が流れているという話をした時、イリスは一瞬大きく驚きに目を見開いた。
しかし、レインとは違ってすぐに落ち着きを取り戻し、納得がいったという風に話始めた。
「なるほど。私が想像していたよりもずっと大きなことでしたね」
「そういう割にあんまり驚いてなくないか?」
「そんなことありませんよ。今も想像以上の秘密に片棒を担がされてしまったせいで心臓がバクバクいってます。というか、これって簡単に教えちゃいけないことなのでは?」
「いやまぁそうなんだけどな」
「レインさんの口もまた想像以上に軽いということですね。これから何かあってもレインさんには秘密を話さないようにします」
「別に軽いわけじゃ……いや、この状況じゃそう思われてもしょうがないけど。普段はこんな風に簡単に話したりしねぇよ! イリス以外の奴には絶対死んでも話さねぇよ」
「冗談です。聞いたのは私の方ですから。気にしないでください。それに今の言われ方はなんというか……ふふ、少し嬉しいですね。私だけですか」
急に機嫌がよくなったイリス。なぜ機嫌が良くなったのかレインにはわからず、首をかしげる。
「まぁとにかく、レインさんの抱える悩みはユースティア様が魔人の血を引いていることをずっと隠していた。それが酷い裏切りだと感じてしまっている点。そしてレインさん自身が抱える魔人への感情。それらがない混ぜになってしまって答えの出ない迷宮に入り込んでしまったと」
「……まぁ、確かにそういうことになるけど。なんでそんな落ち着いてられるんだよ」
「ユースティア様から直接聞かされたわけではないですし。ある程度身構えてましたから。それに……」
「それに?」
「いえ、これは後で話ます。そしてレインさんの話を聞いた結果。私がレインさんに言えることがあるとするならば」
言葉を区切り、その目に僅かな失望の色を滲ませてイリスは言った。
「まったくもってくだらない、です」
「……は?」
イリスの言葉に、レインは思わず言葉を失った。
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