第45話 クロノドルの事件

 クロノドルはカランダ王国の西に存在する……存在した村の一つだ。

 村の中に突如として現れた咎人。その咎人から生み出された大量の魔物によってクロノドルは終焉を迎えたのだ。

 幸いにして、というべきか。エルゼの行動が速かったため、近隣の村への被害こそ抑えられたものの、この事件で多くの人が亡くなったことはエルゼにとって忘れられない過去の一つだった。

 しかしこの一見がエルゼの記憶に残り続けているのはそれだけが理由ではない。もう一つ大きな要因があった。

 この村で生まれた咎人の出自がわからなかったのだ。クロノドルにいたわずかな生き残りは誰もがその咎人のことを知らないと言った。

 それだけでなく、エルゼがどれだけ調べても男の情報が何一つ掴めなかったのだ。

 件の男はその騒動の中で命を失い、話を聞くことすらできなかった。

 死んでしまっていてはその記憶を探ることもできない。

 そのため、この咎人がどこから現れたのか、そしてなぜクロノドルにいたのか。結局何も掴めないまま、この一件は終わりを迎えてしまったのだ。

 エルゼの心に、消化しきれないものを残したまま。


「そして今、あの村でまた事が起きようとしている。何か因果のようなものを感じますね。もしかすると、あの一件ももしかしたら魔人崇拝組織が? であれば一体何年前からこの国で活動して……」

「あー、これはダメッスね。姉様、完全に思考に没頭してるって感じッス」


 エルゼが【創造魔法】で生み出した竜車の中で、レイン達はクロノドルに関する情報をエルゼとコロネから聞いていた。


「えーと、改めて聞きたいんですけど。そのクロノドルってどんな村だったんですか?」

「さっきも言ったッスけど、何年も前に滅んだ村ッス。あたしが聖女になる前の話なんで、詳しくは知らないんスけど。でも、どこにでもあるような普通の村だったらしいんスけど。どうしてその村にユースティア様が向かったのか、もしそこに魔人崇拝組織がいるとしたらなんでクロノドルを選んだのか。正直まだわからないことだらけッス。でもきっとなんとかなるはずッス! 姉様もいるッスし、絶対大丈夫ッス!」


 グッと拳を握って力説するコロネ。

 レインもエルゼのことを信頼していないわけではない。ユースティアと同等の力を持つというエルゼのことを信頼できなければ誰を信頼するというのか。

 しかしそう思っても消えないのだ。レインの胸の内に救う不安が。ふと気を抜けばレインの心を覆うようにして湧いて来る。

 胸を掻きむしりたくなるような不安が今もレインの胸の中にあった。

 それはまるで闇夜の道で光を失った子供のようだった。


(……ティアがいないだけで、俺はこんなにも脆くなるのか)


 レインにとってユースティアその存在はまさに光のようなものだった。

 しかし今はその光が失われた状態。

 どこに進めばいいのか。どう進めばいいのか。それが全くわからないのだ。


「大丈夫ですか?」

「っ」


 まだ堂々巡りしそうになっていたレインの手を、隣にいたイリスがそっと握る。


「悪い。わかってるんだけどな。やっぱどうしても落ち着かない」

「……レインさんにとって、ユースティア様は半身のような存在なんですね」

「は、半身!? な、なんでそんなことになるんだよ」

「ユースティア様がいないだけで、レインさんはこんなにも心を揺るがせている。きっと他の誰かでは……私では、その代わりにはなれない。でも、だからこそ少しだけユースティア様の事が羨ましい」

「羨ましい?」

「いえ、私の話です」

「あのー、そろそろ話の続きしてもいいッスか?」

「「っ!」」

「いや、その二人の邪魔するつもりは無いんスけど。こうも堂々と二人の世界に入られるとあたしの所在が無くなるっていうか。姉様もこんな感じッスし。こんな空間で一人にされると流石に寂しいッス」

「す、すみません。そんなつもりは無かったんですけど」

「まぁ積もる話はこの先の村の宿でしたらいいと思うッスよ。今日はそこで一泊して、明日クロノドルに入る予定ッス」

「そんな悠長な感じで大丈夫なんですか?」

「あたしらとして急ぎたいんスけど、まだクロノドルに関する情報が集めきれてないんス。そんな状態で無理に踏み込んで全員まとめて罠にかかったりしたらそれこそ最悪ッスから。ユースティア様に何かあったっていうこの状況。軽く見れはしないッスからね。それだけの実力者が向こうにいる可能性も考慮しないといけないんス」

「確かにそうですね。すみません、俺が変なこと言っちゃって」

「気にしなくていいッスよ。レインさんの気持ちもわかるッスから。あたしも姉様が同じような状況になったら落ち着ていられる自信は無いッスし……あ! だからって別にユースティア様のことがどうでもいいってわけじゃないッスからね! ユースティア様のことももちろん心配してるッス!」

「いや、大丈夫です。それはわかってますから」


 慌てて取り繕うように言うコロネ。

 コロネにとってエルゼが最優先事項であるのはレインも十分に理解していた。

 レインにとってユースティアが、コロネにとってのエルゼなのだ。


「? コロネ、何を騒いでいるのですか?」

「姉様! ようやく思考の海から帰ってこられたんですね」

「えぇ、少し考え込んでしまいました。申し訳ありません。もうすぐクロノドル前の村に着きそうですね。事前に連絡はしてあります。今日はそこで休みましょう。明日に向けて英気を養ってください。とくにレインさん、あなたです」

「俺ですか?」

「ここ数日ろくに休んでいないでしょう。そんな状態では緊急時にまともな判断を下せなくなります。しっかり休んで、明日に備えてください。できないというのであれば私の魔法で無理やり就寝させることも可能ですが」

「い、いえ。大丈夫です。ちゃんと休みますから」

「なら結構です。私の勘が告げています。明日は波乱の一日になると。今日中に各自万全の準備をしておいてください」

「「「はいっ!」」」


 そしてレイン達を乗せた竜車は、クロノドル前の村へとたどり着くのだった。

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