第44話 手掛かり

 ユースティアに関する手がかりが見つかった。そう聞いたレインとイリスはすぐにエルゼの屋敷へと戻った。


「エルゼ様、ユースティア様に関する手がかりが見つかったって本当ですか!」

「うわっ、すごい勢いッスね。まぁレインさんの気持ちはわかるッスけど、少し落ち着いて欲しいッス」

「す、すみません。少し焦ってました」


 逸る気持ちが前面に出ていたのか、ろくに挨拶もせずに部屋の中に入ってきたレインにコロネが驚いたような顔をする。

 コロネの言葉でレインも自分が必要以上に焦っていたことに気づいて非礼を詫びる。


「いえ、気にしないでください。それよりもユースティアの手掛かりとはこの子です」

「この子……あ、そいつは」


 エルゼの隣に居たのは、ボロボロになって薄汚れた黒狼だった。

 ユースティアと一緒に居た時は輝いていた綺麗な毛並みも、今は見る影もない。


「ユースティア様が魔法で生み出した黒狼……ですか」

「はい。間違いありません。この子達の体からはユースティアの魔力を感じますから」

「でも、だいぶ弱ってるみたいですね」


 イリスが黒狼に近づいてそっと手を伸ばすと、黒狼は小さく頭を下げて撫でさせる。


「いっぱい傷ついて……可哀想です」

「かなり弱っているようですね。ユースティアからの魔力供給も途絶えているようです。魔力消失によって消えかけていた所を見つけ、私が代替の魔力を供給することでなんとか存在を保っている状態です。ようやくここまで回復しました。それでも私とユースティアでは魔力タイプが違うので、完全に回復させることはできませんが。この黒狼が完全に消えてしまう前に情報を手に入れる必要があります。リオルデルさん達が来るまでにも断片的にではありますがいくつか情報を入手しました」

「どうやらこの子、かなり遠くから逃げてきたみたいッス」

「逃げてきた? 何かに襲われたってことですか?」

「そういうことッスね」

「この子を襲ったのは十中八九魔人でしょう。その記憶が見えました。逃走の最中で、もう一匹は魔力を完全に消費しきってしまい消えてしまったようです」

「なるほど、だから一匹だけなんですね」

「問題はこの子からあとどれだけの情報を引き出せるかです。せめてどこから逃げてきたのか、ということだけでもわかると良いのですけど」


 ユースティアが一体どこに向かったのか。それさえわかればレイン達が取れる手段も大きく変化する。つまりこの黒狼の存在だけがレイン達に残された最後の希望とも言えるのだ。


「イリスさん、黒狼をこちらに」

「はい」

「もう一度あなたの記憶を探らせていただきます。先ほどの続きから」


 エルゼは黒狼の頭に手を当てて目を閉じる。

 普通の人や動物であれば、エルゼの魔法でその記憶を探ることは容易い。しかしユースティアが生み出したこの黒狼は話が別だ。

 魔法で生み出された生物であるがゆえに、その存在が不安定なのだ。召喚主から魔力を供給されない限りその存在は有限で、時間ごとに存在が削られていく。

 つまり普通の生物であればできる記憶の維持が黒狼はできないのだ。魔力が十分にある状態であれば記憶も削られないのだが、摩耗している今の状態ではエルゼの力を持ってしても断片的にしか記憶を追えないのだ。

 それでも手掛かりを求めて、エルゼは目を閉じて集中する。


「……これは……村? いえ、でも人の気配はない。廃村。この山は……っ!」


 弾かれるように目を開くエルゼ。


「わかりました。この黒狼がどこから来たのか」

「ホントですか!」

「はい。数年前に廃村となったクロノドル……そこです」

「クロノドルって、西側にあった村ッスよね。魔物の襲撃で滅んだ……」

「はい。あの時のことはよく覚えています。私の力が及ばず、救援が間に合わなかった村ですから。ユースティアが向かったということは、十中八九そこに魔人崇拝組織のメンバーがいるはずです。まさかあの村を根城にしているとは」

「それじゃあさっそく向かうッス!」

「そうですね。断片的に見た黒狼の記憶から察するに、状況はかなりひっ迫しているかもしれません。急ぎましょう。すぐに出ます。全員準備を」

「「「はい!」」」


 そうしてレイン達は、黒狼から得た情報をもとにクロノドルへと向かうのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 その頃、クロノドルではドートルが次の段階へ至るための準備を進めていた。


「この村の空気はだいぶ馴染んできたねー。この調子ならすぐに抜け穴を使って他の魔人を連れてこれるかな? 長い時間をかけて準備をしたかいがあるってもんだよ」

「ドートル様!」


 上機嫌で準備を進めるドートルの元に、一人の魔人が焦った様子で駆けこんで来た。今回西大陸に来るにあたってドートルが連れて来た配下の魔人だ。


「んー? どうしたんで?」

「そ、その……ドートル様に捕らえるように命じられてました黒狼の件なのですが」

「あー、そういえば頼んでたっけ。で、ちゃんと捕まえてきたの? もしくはちゃんと消した?」


 ユースティアが意識を失う直前、召喚していた二匹の黒狼にエルゼ達の元へ向かうように命令したのだ。

 それに気づいたドートルは、情報を送らせないために二匹の黒狼を捕らえるように銘じたのだ。


「それが、その……逃げられました」

「はぁ?」


 思いもよらぬ言葉にドートルは思わず作業の手を止める。


「それはいったいどーいうこと?」

「いえ、その。ギリギリまで追いつめ、一匹は仕留めたのですが……もう一匹を見失ってしまって……で、ですが、あの傷だらけの体ではそう遠くまで行けたとも思えず。きっとすでにどこかで魔力を使いきって消え去ったものかと」

「確証は?」

「はい?」

「もう一匹の黒狼が消え去ったという確証」

「で、ですからすでに傷だらけの体となっているので」

「それは憶測でしかない。実際に消える瞬間を見たわけじゃない。なら逃げきられた可能性もゼロじゃない」

「そ、それはそうですが……」

「あたしはなんて命令しましたか?」

「確実に……あの二匹の黒狼を捕らえるように、もしくは消すようにと。誰にもバレないよう、秘密裏に」

「その通り。正解。よく覚えてましたー。なんてね。この程度の命令も覚えてられないなら頭の中を切り開いてみてやりたいくらいだ。まぁでもとりあえず言いたいのは——」


 途中で言葉を切ったドートルは冷めきった瞳を配下の魔人に向ける。


「簡単な命令もこなせないノロマはいらない」

「ひっ」

「あなたの代わりなんてごまんといるから。とりあえず邪魔ってことで」

「う、うわぁあああああああっっ——」


 生存本能に従うままに、ドートルに背を向けて逃げ出す魔人。

 しかしそんな魔人の姿は一瞬で消え去った。ドートルの身に着けていた腕輪から生み出された影の中へと飲み込まれて。


「はい。お片付け完了。はぁ、お出迎えの準備もしておかないと。また忙しくなりそう」


 上機嫌から一転、深いため息を吐いたドートルは作業を進めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る