第42話 邂逅

「……っ!」


 夜の間に屋敷を出て、すでに明るくなった空を駆けるユースティアは、ギリッと歯を食いしばった。

 それこそ、歯が砕けんばかりに。

 全ては夜中にユースティアのもとに届いた一通の手紙が原因だ。


『クロノドルの街にてお待ちしております。私は、あなたの秘密を知っている——グラウ』


 短く書かれていた手紙。しかしそれは明らかにユースティアを挑発している内容だった。何よりも、その手紙からは東大陸の……魔界の気配が濃厚に漂っていた。

 つまりユースティアの送られたこの手紙は、紛れもなくグラウと魔人からの挑戦状だった。

 ならばユースティアに乗らないという選択肢はない。そして、ユースティアの秘密が知られている可能性がある以上エルゼやコロネ、他の人を連れていくということもできなかった。


「……何も問題ない。私がすぐに片付ける。グラウを捕らえて、あいつの背後にいる魔人を殺す。それだけだ」


 グラウを取り逃したという事実は、ユースティアの中で確かな汚点となっていた。その汚点を自身の手で拭いたいと願うのは当たり前のことだった。


「私を舐めたことを……後悔させてやる」


 空を駆けるユースティアの表情に宿るのは憤怒、ただそれだけだった。

 戦闘聖衣バトルドレスと【罪姫アトメント】。完全武装したユースティアに勝てる存在など存在しない。たとえどんな罠が待ち受けていたとしても踏み越えられるとユースティアは確信していた。




 それから数時間後、ユースティアはカランダ王国の西にあるクロノドルという村へとやってきていた。

 正確に言うならば、それは村ではなく廃村だった。

 数年前に廃村となったその村に人の気配は感じられない……しかし、今だけはその様子が違った。


「……結界。前にグラウの居た廃村で見たのと同じ。つまり、あそこにグラウがいる。確実に。見た所、前にいたような守備隊はいないようだけど。逆に怪しい——【創造魔法】——『黒狼降臨』」

「「わふっ」」

「行け」


 ユースティアの命令に従って、二匹の黒狼は駆け出す。

 ユースティアはその黒狼達と視界をリンクさせて結界内の様子を探る。


「……結界内に人の気配は無い。でも……あの感じ……」


 ユースティアは何も言わず、結界の前に立つ。


「さぁ来たぞ。姿を現せ」


 宣戦布告の意味も込めて、ユースティアは容赦なく結界を破壊した。

 結界の破砕する音が響き渡る。それと同時に、家の中に潜んでいた魔物がユースティアに向けて飛び出してきた。


「ふんっ」


 しかしユースティアは魔物を一瞥もせず【失楽聖女ブラックマリア】で魔物を撃ち倒し、弾幕をくぐり抜けた少数の魔物は剣で斬り倒す。血風が舞い散るなか、ユースティアには汚れの一つもつかない。

 そうして出来上がっていく魔物の骸が、一つの道を作りあげる。


「雑魚め……っ」


 魔物を討ち続けるユースティアは、そうしているうちに気付いてしまった。

 自分の気持ちが高揚していることに。そして、血がどうしようもなく騒めいていることに。


「この場所……まさか、前と同じ」

「あぁ、ようやく気付きましたかユースティア様」

「っ!?」


 突如として聞こえてきた第三者の声に、ユースティアは弾かれるように声のした屋根を見上げる。

 そこに立っている人物を見て、ユースティアはその目を見開いた。


「お前……お前はっ!」

「えぇ、えぇ。お久しぶりですユースティア様……十年ぶりでしょうか」

「ドートルッ!!」

「おや、覚えていてくださいましたか。これは光栄。お姫様」

「違う! 私を姫なんて呼ぶな!」

「わたし達が仕える王の娘なのですから、お姫様でしょう?」

「違う! 私はユースティア。あの人の娘の! あの女の娘なんかじゃない!」

「ふふふ、これは滑稽なことおっしゃる。やはり混ざっているせいでしょうかね。あぁ実に興味深い。是非とも体の隅々まで調べたいものですが……あぁそんなことをしては私があの方に消されてしまう。それはいただけない」


 ユースティアの激情を前にしてもドートルは嫌らしい笑みを崩しはしない。


「それにあなた自身も、理解していることでございましょう? ご自身の中に流れる血が。この空間を故郷として受け入れている」

「っ!!」


 ドートルの言葉をユースティアは否定できなかった。

 その身に流れる魔人の血が。魔界の空気を宿すクロノドルの空気を受け入れている。それどころか、歓喜している。

 そのことがユースティアには忌まわしくてしょうがなかった。


「否定は……できないようですねぇ」

「鬱陶しいことにな」

「はぁ、口が悪いですよユースティア様。あなたはお姫様なのですから。もっとそれ相応の言葉遣いというものがあるでしょう」

「知るかそんなこと。私の喋り方をお前にとやかく言われる筋合いはない」

「全く。十年前に突然飛び出したかと思えば、まさか西大陸で聖女なんてものになるなんて。もう大変だったんですよぉ。大目玉だったんですから。あの後フィリア様の怒りでいったいいくつの村や街が滅んだことか。幹部だった魔人も半分以上が消されて……と、まぁこれはどうでも良いことですね。わたしはなんとか被害は免れましたし。消されたのもわたしのやることに反対するクソみたいな魔人だけですし。そう考えればむしろ僥倖? グッジョブだったかもしれませんユースティア様」

「ドートル。それ以上喋るな。不愉快だ」

「それは申し訳ございません。であれば、もっと喋るとしましょう」


 あくまでユースティアの神経を逆なでするように喋るドートル。

 そのことが不愉快で、ユースティアは顔を顰める。

 屋根の上に立つドートルへ向けて躊躇いもなく銃の引き金を引くユースティア。しかしその一撃はいとも容易くドートルに防がれる。


「危ない危ない。こんな物騒な武器まで手に入れて……なるほど、これが【罪姫アトメント】。うん、確かになかなかの威力。やはり興味深い」


弾丸を弾いたその手に確かな痺れを感じ、ドートルは驚いたように目を見開いた。


「ですが、今優先すべきことではないですね。どうでしょうユースティア様。フィリア様はおっしゃっていました。今帰って来るならば、十年程度の家出は許すと。ですからこうして私が直接お迎えに上がったわけです」

「ふざけるな」

「つまり答えは?」

「嫌だ。拒否する。絶対帰らない。私は殺すと誓った。あの人にそう誓った。お前達魔人を根絶やしにすると! お前も……フィリアも例外じゃない!」

「……はぁ。手の焼ける。これがいわゆる反抗期、というものですか。であれば、少々躾をしなければいけませんね」

「っ!?」


 突然背後に現れた二人の魔人にユースティアの反応が僅かに遅れる。


「捕らえろ」

「くっ」


 超人的な反応速度で銃の引き金を引くユースティア。

 しかし僅かな動揺のせいか、射線が逸れてしまい一人は撃ち漏らしてしまった。


「捕らえた!」

「この……私に触るなっ!」


 ユースティアの腕を掴んできたもう一人の魔人を、掴まれたのとは逆の手で斬り殺す。しかし、それはもうすでに遅すぎる対処だった。

 魔人が身に着けていた腕輪から、影が溢れユースティアの体にまとわりつく。


「しまっ!?」

「さぁ、しばらくお眠りくださいユースティア様。次に目が覚める頃には、全ての準備を終わっていますから」

「く……う……」


 ドートルの嫌らしい声を聞きながら、ユースティアは意識を失った。

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