第41話 いなくなったユースティア

 ユースティアがいなくなった。

 その情報はすぐにエルゼの耳にも入り、それから間もなくしてレインとイリスは呼び出された。


「昨夜のうちに居なくなった……というわけですか」

「はい。ユースティア様の部屋に入ったら……これが」

「…………」


 ユースティアを起こしに向かったイリスが目にしたのは、もぬけの殻となった部屋とポツンと一つだけ残された紙だった。


『すぐに戻ります』


 紙に書かれていたのはその一言だけ。

 それ以上のことは何も書かれていなかった。どこへ行くのか。何をしに行ったのか。

 何一つわかってはいなかった。


「……あなた達は、本当にユースティアから何も聞いていないのですか?」

「はい。全く何も……俺も、自分も何がなんだか全くわからなくて」

「私もレインさんと同じです。ユースティア様からは何も聞いていません」

「はぁ、そうですか」


 珍しくエルゼはため息を吐く。

 しかしそれも仕方ないだろう。ユースティアの状況がわからない以上、エルゼ達ができることは何もない。

 ユースティアが何も残していかなかったからこそ、エルゼ達は戸惑っていたのだ。


「彼女のことです、私達に何も告げずに出て行くような事情があったのかもしれませんが……だとしても、あまりにも何の情報も無さすぎる」

「…………」


 ユースティアが何も言わずに出て行ってしまった理由。その理由にレインだけは思い当たることがあった。

 昨夜レインとユースティアが交わした会話。もしあれが原因だったとしたならば、今回の件の責任の一端はレインにもあることになる。


「何か思い当たることでも?」

「あ、いえ……なんでも……ありません」


 言えるはずがない。昨夜ユースティアとどんな会話を交わしたのか。その内容を言ってしまえばユースティアの破滅を招く。従者であるレインがそんなことをできるはずが無かった。


「……そうですか。であれば、私から言うことはありません。彼女については今は放っておくとしましょう。彼女も私と同じ聖女です。おそらく大丈夫でしょう。今はそれよりも、コロネとユースティアが捉えられなかったもう一人の魔人崇拝組織のリーダーを捕まえなければ。コロネ、昨夜のうちに放っていた情報舞台の成果は?」

「あ、はいッス。何人かは戻って来てるんスけど、目ぼしい情報は何も無かったッス」

「そうですか。まぁ仕方ありませんね。他の人達に期待するとしましょう」

「そうッスね」

「今は部屋に動けません。リオルデルさんとイリスさんは、次の指示があるまで待機です。ユースティアがいない以上、あなた達への指示は私が出します。いいですね」

「はい。わかりました」

「大丈夫です」

「それでは、下がってもらって大丈夫です」

「はい。失礼します」

「失礼します」


 レインとイリスはエルゼとコロネに頭を下げ、部屋を出る。

 それから少し歩いたところで、イリスがレインに声を掛ける。


「レインさん」

「どうした?」

「本当になにも……知らないんですか?」

「何か言いたげだな」

「昨日の夜、レインさんとユースティア様が何事かを話していたようだったので」

「っ! 気付いてたのか!」

「はい。私の部屋はレインさんとユースティア様の近くですから。何かあれば気付きます。話の内容までは聞こえませんでしたが」


 内容までは聞こえていなかったという事実に、レインはホッと胸をなでおろす。もし聞こえていたら何を言えばいいのかレインにはわからなかった。


「あの時、何かあったんですか?」

「……あった。と言えばあったんだけど……でも、今回のこととは関係ないはずなんだ」

「……喧嘩でもしましたか?」

「喧嘩……だったら良かったんだけどな」


 そう、喧嘩であったならばレインもここまで悩まされるようなことは無かっただろう。そうでないからこそレインは抱えた悩みを解消できずにいるのだから。


「……どうやら、複雑な事情があるみたいですね。私から深く聞くことはしません。ですが……もし話していただけるなら、その時はちゃんと聞きますので。心の整理がついたなら……その時は私に話してください」

「……あぁ、わかった」


 それはイリスなりの気遣いだった。

 レインの表情を見て、今はこれ以上踏み込むわけにはいかないと判断したのだ。


「ありがとな、イリス」

「いえ、礼を言われるようなことではありませんから」


 結局その日、ユースティアが戻って来ることはなく、魔人崇拝組織の情報を入手することができないまま一日が終わってしまうこととなった。






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 とある地下にグラウの姿はあった。しかしその表情にユースティア達と相対していた時のような余裕はない。

 その顔に浮かぶは緊張だった。

 そんな彼の前には直径二メートルほどの魔法陣が描かれていた。

 グラウは自分の手を切って、そこに血を垂らす。その血は魔法陣を満たし、赤い光を放つ。

 そしてその中から、一人の女性が現れた。



「いやー、まさかこうしてわたしが直接こっちに来ることになるなんてねー。うんうん、やっぱりこっちの空気は不味いなー。わたしには合わない」

「……お待ちしておりました、ドートル様」


 魔法陣の中から現れたのは魔人ドートルだった。

 崇拝対象である魔人を前にして、グラウは首を垂れ感極まりつつ歓迎の意を示した。


「うん? あぁ君は……グラン?」

「グラウでございます」

「あぁそうだったそうだった。ごめんごめん。どうにも人の名前を覚えるのは苦手でね。興味がないんだ」

「存じ上げております。私のことを認識していただけるだけでこの上なき幸せです」

「そこまで自分のことを卑下しなくてもいいんだけどねぇ。それで? 私が用意させてた前の場所はユースティア様に奪われたわけ?」

「……申し訳ございません。申し開きのしようもありません。この命で贖えるとは思いませんが、いかようにも」

「あぁいいっていいって。そういうの面倒だから。それに贖うとかさぁ、魔人になりたいやつが言うことじゃないでしょ」

「っ! そ、そうでした。重ね重ね申し訳ございません」

「ほんっと固くるしいねー君は。まぁどうでもいいけど。それで、わたしが送った招待状は彼女に渡してくれた?」

「はい。間違いなく。彼女がこちらに向かっていることも確認しています」

「うん、上々。それじゃあこっちも……歓迎の準備を始めないとね」


 そう言ってドートルは不気味に笑うのだった。

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