第40話 巡る考え

 その後のことをレインはよく覚えていない。

 ユースティアに何を言ったのか。どんな反応をしたのか。

 何も覚えていないままに、気付けばレインは自分の部屋のベッドの上で寝転がっていた。


「…………」


 ユースティアの言ったことは全て覚えている。

 いや、むしろ忘れられるはずなどない。それだけの衝撃をレインは受けたのだから。


「魔神王の存在に……ユースティアの体のこと。わけがわかんねぇ」


 わけがわからないが、レインは理解していないわけではない。むしろ理解してしまったからこそレインの頭はこれ以上の理解の拒否しているのだ。

 眠ろうとして目をつむっても、結局思い浮かぶのはユースティアの表情だ。

 別れ際に浮かべていた、見捨てられた子供のような、寂し気な顔。


「あんなユースティア……初めて見た」


 本当なら何か言うべきだったのかもしれない。だが、レインは何も言えなかった。

 遠ざかるその背を呼び止めることができなかった。

 自分の中にある感情を整理できなかったから。

 動揺、怒り、悲しみ、なぜ黙っていたのか。なぜずっと教えてくれなかったのか。

 自分はそこまで信用されていなかったのか。そんな想いがレインの中に溢れていた。


「……いや、違うか。信用してるとかしてないとかじゃない。話せるわけないんだ。あんなこと」


 自分の中に魔神の血が流れているなんて言えるはずがない。

 それはレインにもわかっている。わかっていても、それを受け入れられるわけじゃない。

 特に、長年信頼してきたユースティアだからこそレインに与えた衝撃は想像を絶するほどに大きかったのだ。


「会いにいくべきか? 会ってなんて言うんだよ……」


 下手なことを言えば、その瞬間にレインとユースティアの関係は完全に崩壊してしまうだろう。

 今、レインとユースティアの関係は薄氷の上にあるようなものだった。ささいな衝撃でひび割れ、壊れてしまう。

 そしてレイン自身、今ユースティアに会ってしまえばどんな顔をしてしまうかわからなかった。

 心の中に渦巻く感情をそのままぶつけてしまいそうで怖かったのだ。


「俺は……どうしたいんだ?」


 すでに何度目かわからない自問自答。

 そして結論は何度考えても同じだ。

 わからない。

 それがレインの結論だ。

 少なくとも、このままではユースティアと関係を続ける自信はない。それが今のレインの出した答えだった。


「眠れねぇ」


 そしてそのまま、再びレインは頭を働かせる。

 何度も何度も、見つかりもしない答えを探して。






□■□■□■□■□■□□■□■□■□■□■□



「……はぁ」


 レインと別れた後、ユースティアは自室で一人机に向かっていた。

 眠る気にはなれなかった。


「怖がってるのか……私は」


 先ほどから落ち着かない心を自覚し、ユースティアは自嘲する。

 自分は強いと思っていた。しかし、それは敵に対してだけだった。

 レインに自分のことを話している間、ユースティアは平静を装ってはいたがその内心は動揺で満ちていた。

 幸いというべきか、話を聞いていたレイン自身も動揺していたのでレインもユースティアの様子には気づかなかったが。


「認めるしか……ないのか」


 怖かった。レインに真実を告げることが。それによってどんな目で見られるのか。

 もしレインの目に拒絶の感情が浮かんでいたとしたならば、きっとユースティアは平静を保つことすらできなかっただろう。

 最後の瞬間も、ユースティアはレインの顔を見れなかった。

 どんな表情をしているかを見たくなかったから。そしてそのまま逃げるようにして立ち去った。

 そしてそのまま部屋へと逃げ帰ってきた。 

 聖女が、ただ一人に人間に恐怖し、背を向けたのだ。

 それを嘲笑うことをせずに何を笑うと言うのか。


「結局私はあの頃から何も成長できてない……」


 脳裏を過るのは魔神王フィリアの顔だ。

 それを思い浮かべただけで、無意識に手に力が入る。

 気付けばユースティアの目の前にあった机は真っ二つに裂けていた。


「……はぁ、情けない。あいつがここにいるわけじゃないのに」


 魔法で机を修復しつつ、ユースティアはため息を吐く。


「どのみち話した以上、この先はレインの判断次第だ。私から言うべきことは何もない。私はあいつの出した結論を受け入れる。それだけだ」


 その覚悟をもってユースティアはレインに全てを話したのだ。


「明日の朝にでもなれば……全部わかる」


 窓の外に浮かぶ月を眺める。月は未だ高く浮かんでいて、それが沈むまでにはまだ時間がかかるだろう。

 それが今のユースティアにはどうしようもなくもどかしかった。


「……ん? あれは……」


 ふと、月を見上げていたユースティアの目に飛翔物が映る。それは少しずつユースティアの部屋へと近づき、窓にぶつかってベランダに落ちた。


「……伝言用の魔法……でも誰が?」


 ベランダに落ちたそれを拾い上げる。

 一瞬罠かと疑ったユースティアだったが、それらしい罠は見受けられない。

 魔法を逆算して誰から送られた者か探ろうとしても、途中で痕跡が消されていてそれも読めなかった。


「……鬼が出るか蛇が出るか。とにかく中身を見ないことには始まらない……か」


 思い切って紙を開いたユースティアは、その内容を見て目を見開く。


「これは……っ!!」


 ギリッと歯を食いしばったユースティアは、紙を机に叩きつける。


「いいだろう。そっちがその気なら乗ってやる。私を侮ったことを後悔させてやる」






□■□■□■□■□■□□■□■□■□■□■□



 翌朝。日が昇るのを感じてレインは目を開けた。

 しかし、それは決して眠っていたわけではない。

 結局レインは朝まで眠ることができなかった。ずっと考え事をしていたせいだ。


「……行くしかないか」


 このままベッドで寝転がっていても意味は無い。

 とりあえず起きるしかないと思ったレインは体を起こす。

 その時だった。レインの部屋の扉がノックされたのは。


「? はい」

「レインさん、私です。入っても大丈夫ですか?」

「イリス? あぁ、大丈夫だけど」


 部屋に入って来たイリスは、珍しく焦りと困惑の表情を浮かべていた。

 その表情に何かあったのだとレインはすぐに察した。


「何かあったのか?」

「はい。その……ユースティア様が……レインさん、どうかしたんですか?」

「……いや、なんでもない。それで、ティアがどうしたんだ?」

 

 ユースティアの名を聞いた瞬間、思わず心臓が跳ねた。

 それを必死に誤魔化してレインはイリスに先を促す。


「……いなくなったんです。部屋から。置手紙を一枚だけ残して」

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