第39話 ユースティアの秘密
始まりの聖女フィリア。
彼女は人類史における、最初の聖女だ。
フィリアの残した伝説は数多存在する。
曰く、百以上の魔人を一撃で屠った。曰く、腕を一振りするだけで咎人の贖罪をできたなど、あげ始めればキリがないほどだ。
人々が罪に呑まれ、魔人が増え続けていた暗黒の時代。
フィリアの存在が人類を照らす希望となったのだ。それまで憎み合い、資源を争いあっていた人類はフィリアを筆頭に、魔人を共通の敵としてようやく一つに纏まり始めた。
そして彼女を崇拝し、尊敬する者達が集まって出来上がった贖罪教という組織。
フィリアの存在によって存亡の危機に立たされていた人類はその領土を取り戻していったのだ。
そうして数多の伝説を残していったフィリアだが、そのフィリアの最期についての記述は全くと言っていいほど残されていない。
フィリアの傍にいたと思われる側近達も、そのことについては頑として口を割ろうとはしなかった。
多くの研究者がフィリアの最期についてを調べ、様々な説を提唱しているがそのどれもが信憑性に欠けるものばかりだった。
結局のところ、人類の希望として忽然と現れたフィリアは、現れた時と同じように忽然と歴史上からその姿を消したのだ。
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リリアから告げられた衝撃の事実にレインは思わず言葉を失った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。今……なんて……」
「まぁ、そりゃそうなるのもわかる。この事実を知ってるのはほんの一握り。聖女ですら知らない最上級機密なんだからな。知ってるのはカレンと爺とかくらいだ」
当たり前と言えば当たり前の話だ。聖女フィリアについてあまり詳しいとは言えないレインだが、それでもその存在が人類史においてどれだけ大きな影響を与えたのかは知っている。
そんなレインでもこれだけ衝撃を受けたのだ。もしこの事実が世間に知れ渡ればいったいどれほどの混乱を生むかなど想像もできない。
下手をすれば贖罪教の根幹そのものが揺らぎかねないのだ。
「本当……なのか」
「当たり前だ。こんな時に嘘言うか。だからこそ、私はこの国を認められない」
ユースティアからすれば、聖女フィリアを信仰するカランダ王国は復讐の相手を信仰している国にも等しいのだ。
この国でフィリアの存在を感じるたびにユースティアの心がざわめいていた。
フィリアの像を粉々にしたくなる気持ちをグッと堪えているのだ。
「初めてこの国でフィリアの像を見た時は大変だったぞ。カレンに止められなかったらきっと暴れまわってた。まぁ今でも暴れてやりたい気分だけどな」
「頼むからそんなことすんなよ」
軽く笑い事のように言うユースティアだが、もしユースティアが本気で暴れまわったりしたらその被害は魔人の比ではないだろう。
ユースティアが暴れた時のことを想像して、レインは思わず釘を刺す。もちろん今のユースティアがそんなことをしないのはわかっているのだが、それでも言わずにはいられなかった。
ユースティアの目の奥に若干本気の色が見えたからだ。
「今さらそんなことしない。しても意味がない。ここにフィリアがいるわけじゃないからな。ただそんな理性だけじゃ納得できないこともあるってことだ」
「それがティアがカランダ王国を嫌う理由か」
「カランダ王国が嫌いなわけじゃない。カランダ王国がフィリアを崇拝してるのが心底気に食わないだけだ」
「いや、それほとんど嫌いって言ってるのと一緒だろ」
「そうとも言う。始まりの聖女は、魔神王フィリアとなって人類の敵になった。人類が安寧を得るためにはフィリアを討たないといけない。これは絶対だ」
「……その魔神王フィリアの目的は何なんだ?」
「人類の殲滅。魔人の支配する世界の創造。それがフィリアの目的だ」
「他の魔人もそれに従って行動してるってわけか」
「そういうことだ。偶然か必然か、あるいは運命か。私の復讐と贖罪教の目的は合致した。爺はフィリアを討てる力を持つ者を、私はあいつを討てるだけの力を」
「なんでそんな魔神王のことが憎いんだよ」
「……あいつは私から全てを奪った。許さない。絶対に。何を犠牲にしてでも私はあいつを殺す」
抑えきれないほどの激情がユースティアから溢れている。
それでも、その感情を必死に抑えたユースティアは数度深呼吸した後、不意にレインの方に顔を向ける。
「これが私がカランダ王国を受け入れられない理由だ。わかったか? 結局のところ、個人的感情以外の何ものでもない。誰になにかされたわけでもない。ただこの国の国民は知らないだけだ」
「なるほどな。ありがとよ、話してくれて。正直まだ自分の中で整理できたわけじゃないけど、少なくともずっと感じてたモヤモヤは解消されたよ」
「……まだ話は終わってない」
「? まだ何かあるのか?」
「あぁ。むしろこっちが本題……かもしれない」
「本題って、さっき以上の爆弾があるって言うのか?」
「そうだな。最初に言った通りだ。この話を聞いて、これからどうするかはお前の自由だ。私はその決定に口を挟まない。本当はもっと早くに言うべきだったのかもしれないけどな」
「……なんだよ」
さきほどまでとは打って変わったように静かな雰囲気に変わったユースティアに、レインはどうしようもないほど嫌な予感を覚えた。
この先を聞いてしまったら何かが決定的に変わってしまう気がする。そんな予感。
それでも聞かないという選択肢はレインには無かった。ユースティアの覚悟の秘めた目を見てしまったから。
「さっきの話の続きだ。魔神王フィリアについて。人類の不俱戴天の仇とも言えるフィリアには、子供がいた」
「子供って……魔人って子供作れるのか?」
「当たり前だ。元は人だからな。魔人同士でも子供は為せる。そうやって生まれた子供はもちろん魔人なわけだがな。東大陸の魔人には二種類いる。魔人の親から生まれた純魔人。そして人間から魔人になった混魔人だ」
どんどん出てくる知らない事実にレインの頭は混乱しそうになる。
「……この話は今はいいな。とにかく、フィリアも同じように子供を為した。だが、何を思ったかフィリアは魔人とではなく、人間との間に子供を作った。そして——」
まっすぐ、レインの目を見つめてユースティアはずっと隠し続けてきた秘密を告げた。
「私が、その子供なんだよ。私の体には……最悪の魔神の血が流れてるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、レインの中の何かが音を立てて崩壊した。
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