第38話 聖女になった理由
レインとユースティアの付き合いは七歳の頃からだ。レインがユースティアに助けられた冬の日。それ以来レインはずっとユースティアと一緒にいる。しかし、逆に言ってしまえばレインはそれより以前のユースティアについて何も知らない。
レインが聞こうとしなかったということもあるが、どこか聞きづらい雰囲気があったのだ。
そしてユースティア自身も、自分の過去については話そうとしなかった。より正確に言うならば、話したくなかったというのが正しい。
「……この事実を知った後、どうするかはお前に任せる」
「任せるってどういうことだよ」
「私の元から離れるのも、そのまま残るのも自由ってことだ」
「なんだよそれ」
まさかそんなことを言われると思っていなかったレインは思わず身構えてしまう。しかしユースティアはそんなレインの様子など気にも留めず、あるいはあえて無視して話し始める。
「さて、何から話したもんか……何から聞きたい?」
「何って言われてもな。今回のことがティアの過去に関係があるって言うなら、それは俺と出会う前のことなんだろ? だったらそれを聞きたい」
「お前と出会う前か……なら、聖女になった理由からだな」
「聖女になった理由って……選ばれたからじゃないのか?」
「違う。確かに皮肉なことに私には聖女としての資質があった。【根源魔法】への適性。罪への耐性。聖女として必要な資質は十分以上に備えていた。でもそれだけなら私は聖女にならなかった。私が聖女になった理由はただ一つ、力が欲しかったからだ。何者にも負けない、絶対的な力が」
その当時のことを思い出してユースティアは表情をしかめる。
ユースティアが聖女として選ばれた五歳の時、ユースティアに聖女として信念などありはしなかった。
あったのはただただ力への渇望。誰よりも強くなることのみユースティアは望んでいた。そして、そのための手段として聖女を選んだのだ。
「贖罪教の教皇、ジャレル……あの爺が私を聖女に任命した。力が欲しかった私はその提案に乗った。それが私が聖女になった理由だ。人を救うだとか、人類の希望になるだとか。そんなことには微塵も興味は無かった」
「……なんでそんなに力が欲しかったんだよ」
「復讐のため」
「っ!?」
簡潔に告げられた言葉。しかしそれだけのその言葉は必要以上の重さでレインにのしかかった。
ユースティアの目はここではないどこかを……誰かの姿を幻視しているようだった。
「あいつを殺すために私は聖女としての力を手に入れた。これが私が聖女になった本当の理由だ」
「……そのお前の言う奴はそんなに強いのか? 聖女としての力が必要なほどに」
「必要だ。皮肉な話だがな」
「ユースティアが聖女になった経緯はわかった。でもそれとカランダ王国を嫌うのにどう関係があるんだよ」
「焦るな。ちゃんと話すから。その前に……そうだな。これから話すことは紛れもない事実だ。だが同時に信じがたい事実でもある」
「なんだよあらたまって」
「いいから聞け。世の中には知らない方が良いこともある。それでも聞くか?」
「……あぁ、教えてくれ」
「わかった。まず、そうだな……東大陸のことについてお前はどれだけ知ってる?」
「どれだけって、魔人が支配する大陸だろ。それ以上のことは知らないけど」
「まぁだろうな。それは正しくもあるが、全部を伝えてるわけでもない。人の世界に社会があるように、魔人の世界にも社会がある」
「魔人が……社会を築いてるのか?」
「あぁそうだ。家に住み、買い物をし、仕事もする。本能のままに生きるのが魔人じゃない」
とても信じられなかった。魔人が社会を築いているなんていうころを、レインは想像したことも無かった。しかし言われてみれば当たり前のことだ。魔人も元は人。生きているのだから。
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「……私は、東大陸の出身だからな」
「は!?」
思いもよらない言葉にレインは目を点にして驚く。
ユースティアが東大陸出身であるなど、レインは尻もしなかった。
「えっと、それはつまり……イリスと一緒ってことか?」
「……似て非なるだ。私とイリスじゃ同じようで同じじゃない」
「そうなのか?」
「そのことも後で話す。とにかく、魔人の世界にも社会がある。となればもちろん、上に立つ存在がいる。ハルバルト帝国に皇帝がいるように、このカランダ王国にも王がいるように。ハルバルト帝国がいくつもの国を侵略し、その領土を広めていき皇帝を生んだように、魔人の世界にも何人か王がいる。いわゆる魔王と呼ばれる存在が。魔王の力は強力無比だ。より深く、罪を極めていったものだけが王となる」
「魔王……」
初めて耳にする魔王という存在に、レインは思わず唾を飲み込んだ。
「魔王と呼ばれるほどに昇華した魔人には誰も逆らわない。私達がいつも相手にしているような凡百の魔人では魔王には決して勝てない。それだけの力の差があるからな。力こそが絶対の魔人の世界で上に立つ者に求められるのは強者であること。ただそれだけだ」
「俺達が今まで戦ってきた魔人よりも……強い存在がいる」
頭を木槌で殴られた気分だった。
レインでは逆立ちしても勝てなかった魔人達。それ以上の存在がいるというのだから。恐ろしくないはずがない。
寒さのせいか、それとも内心にわいた恐怖からか。レインは思わず体をぶるっと震わせた。
「だが、そんな魔王達ですら敵わない存在がいる」
「魔王よりも上がいるのか?!」
「いる。あれは最早存在そのものが罪。罪の具現化。魔王が魔人の王なら、あれは魔人にとっては神の如き存在。言うなれば魔の神、魔神王」
「魔神……王……」
「あれこそが諸悪の根源。人類の怨敵。魔神王を討たない限り、人類に安寧は訪れない」
魔神王。全ての魔人の頂点に立つ存在。
魔神王の討伐こそが人類、そして聖女の果たすべき悲願であるのだとユースティアは語る。
「魔神王を討ちたいという贖罪教の悲願。それは私にとっても都合が良かったんだ」
「都合が良かったって、それじゃあもしかしてお前が復讐したい相手って……」
「あぁそうだ。魔神王。あいつが私の復讐したい相手だ。私の全てを奪ったあいつを殺す。それこそが私の果たすべき復讐だ」
「っ……」
背筋が凍り付くほどの殺気を放つユースティア。
必死に抑えてはいるが、その瞳に奥に隠しきれないほどの怒りと憎しみの業火が燃え盛っているのがレインにはわかった。
しかしその次に続いた言葉で、レインの頭は真っ白になった。
「魔神王の名はフィリア。始まりの聖女と呼ばれた女だ」
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