第36話 魔法の可能性
「レインのことで話……ですか?」
エルゼの雰囲気が変わったことを感じて、若干警戒しながらユースティアは問う。
「はい。今日私が彼をパートナーとして選んだのにはいくつか理由があります。リオルデルさんを初めてみたその時から、奇妙な違和感があったからです。ユースティアの雇った従者は魔無しである。そう私は聞いていました。ですが彼を初めて見たその時、私は彼の体から微弱ながら魔力の反応を感じました」
「…………」
他者よりも優れた感覚を持ち、聖女の中でもトップクラスの魔法の練度を誇るエルゼだからこそ気付けたことだった。
エルゼが誰よりも魔力を感じる能力に秀でていることを知っていながらレインに対して何の対策を施さなかったことをユースティアは悔やむ。
しかしそれを悔やんだところで後の祭りだ。エルゼはすでにレインの秘密を掴んでいる。
「魔力を持っているのに魔無しと言う。この段階で彼には何か秘密があると確信し、それ以降注意深く観察していました。そして気付きました。彼の中には……罪が眠っているということに」
「……はぁ、よく気付きましたね」
そこまで気づかれているのであれば、ユースティアに隠す意味はない。むしろ下手に隠す方がエルゼの不信を買うだろう。
問題なのは、それに気づいたエルゼが何を考えているかということだ。
返答によってはユースティアは対応を考えなければいけないからだ。
「そう警戒しないでください。私は別に彼をどうにかしようと思っているわけではありませんから」
「そうなんですか?」
「えぇ、彼に咎人堕ちの兆候は見られませんでしたし。あなたが彼に何の処置もしないまま放置するとは思えませんから。ただ、気付いてしまった以上は無視もできません。彼がいったいどういう状況なのか、教えていただけますか?」
「……隠すことは無理そうですね。わかりました。伝えられることは全て伝えましょう」
そしてユースティアは、レインの体の状態についてエルゼに話した。
レインの体に罪が蓄積している理由。そうなった経緯。そしてどのようにして封印しているのかということを。
しかし全てを話したわけではない。特に、レインが『罪丸』を使って魔人化できるということは伏せた。もしその事実が露見すればさすがにエルゼも良い顔はしないことは明白だったからだ。
「というわけで、レインの体に眠る罪は私の封印によって抑えられています」
「なるほど……取り除くことはできないんですか?」
「不可能ですね。レインの中にある罪は深く、その魂にまで根差していますから。無理に罪を取り除こうとすれば、最悪レインの魂が崩壊することになるでしょう」
ユースティアとて、レインの中にある罪を取り除くということを考えなかったわけではない。しかし、レインを救う時に埋め込んだ罪はユースティアが想像していた以上にレインの体に馴染んでしまっていたのだ。
「封印を維持するためにレインはその魔力のほとんどを使っています。ですので、ほとんど魔無しと変わらない状態なんです」
「それがレインさんが魔力を使えない理由ですか……」
「そういうわけです。その代わりレインには強力な武器を与えていますが」
「リオルデルさんからも話を聞きましたが……かなり難儀なことになっているようですね」
「レインの体のことについてはどうか他言無用で。もしレインの体のことが知れれば、面倒なことになるのは明白なので」
「もちろんわかっています。もとより私も喧伝するつもりなんかありませんから。ただ知りたかっただけです。しかし罪を封印する、ですか。そんなこと考えたこともありませんでしたね」
「罪を喰らうだけが全てではありませんから」
「……その魔法を応用すれば魔人の力を弱める結界を作ることもできるのでは? 一考の価値はありそうです。ユースティア、もし良かったらリオルデルさんに施している魔法について詳しく教えていただけませんか」
「それは構いませんが。あなたは本当に魔法が好きですね」
「使えるものはなんでも使う。思いついたことを再現できそうなら再現してしまうべきでしょう。私達は常に上を目指さなければいけないんですから」
エルゼがここまで魔法に対して貪欲なのも、全ては魔人に対抗する力を得るためだ。
罪なき人々を守る。それこそがエルゼの掲げる聖女としての大義。
そのために今できることを全てするのはエルゼにとって当然のことなのだから。
「まぁ多少は趣味の部分もありますが。魔法というのは非常に奥が深い。極めたと思ってもまだ先がある。【魂源魔法】はその最たるものですね。聖女一人一人、全く違う魔法を生み出す。非常に興味深いです」
「確かにそうですね。【魂源魔法】は可能性に満ちている」
「これを極めていけば、いつか魔人となってしまった方をただの人に戻すことさえできるのではないかと思うほどです」
「エルゼ、あなたは……」
「過ぎた妄想ですがね。救えなかった人がいないわけではありませんから」
それはユースティアも同じことだった。最強の聖女を自負していても、全ての人を救えたわけではない。レインの村などがそうだ。救いに行ったけれど間に合わず、唯一生き残っていたレインですらその後の人生の大きな影響を残してしまった。
まだ歴の短いサレンを除けば、全ての聖女が大なり小なりユースティアと同じような経験をしているだろう。
「そうですね。その可能性もあるかもしれません」
ユースティアにはエルゼのような考えることはできなかった。
それはまさしくエルゼだからこそできる考えだった。
(私はエルゼみたいな考え方はできない。【根源魔法】も何もかも、救うためじゃなくて魔人を殺せる力を欲して得たものだから。聖女として人を救うことはできても、私自身として誰かを救うことはできない。その資格がない)
魔人を討ち倒すための力を求めて聖女となったユースティアと人を救うために聖女となったエルゼ。同じ聖女であっても、二人の始まりには大きな差があった。
であれば、たどり着く先が違うのもまた当然のことなのだろう。
(だからとって私は私を変えようと思わない。目的を果たすその日までは。絶対に。たとえ何を犠牲にしたとしても)
「ユースティア?」
「……なんでもありません。あなたの考えに感服していただけです。それで、レインに使っている魔法についてでしたね」
「えぇ、どんな術式なのか教えていただけますか」
「もちろんです。まずは——」
そうしてユースティアはエルゼに魔法の説明を始める。
自分の胸の内にチリチリと燻る、負の感情からは目を逸らしたまま。
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