第34話 憤怒と憎悪が生んだ意志
そこは全てが荒廃した世界だった。
生命の息吹を全く感じない、枯れ果てた土地。吹きすさぶ風すらも渇いていた。
「はぁ……はぁっ……」
そんな地を、まだ幼い少女が一人歩いていた。
風を防ぐために身に着けているローブもボロボロ。
靴すら履いておらず、足は傷だらけだった。
いつ倒れて果ててしまってもおかしくない状況の中、それでも少女は歩く足を止めようとはしなかった。
「っぅ……」
意識が飛びそうになれば口を噛んで痛みで意識を引き戻す。
その痛みだけではない。素足で歩いているせいで尖った石が足に食い込むこともあった。
全身にある傷が風にさらされて痛みを生んだ。
それら全ての痛みが、少女の意識を繋ぎ止めていた。
「わたし……は……あぐっ!」
足がもつれて地面に転がる少女。もはや受け身をとることすらできず、激しくその身を打つ。
それでも少女は地面に手をついて立ち上がった。血だらけの手で体を起こし、無理やり起き上がる。
「おい探せ! まだそう遠くへは行ってないはずだ!」
「っ!」
後ろから聞こえてきた声に、少女は初めて顔色を変える。
「ここ……で……つかまる……わけには……」
とっさの判断で少女は近くにあった穴に体を隠す。それほど大きくはない穴だ。
少女の体一つがようやく入る程度の穴。
そこにかくれ、ローブでその入り口を覆ってカモフラージュする。
身に着けていたローブは周囲に大地と同じ色だったので、それで穴を覆ってしまえば周囲の景色と完全に同化する。
少女は穴の中に身を隠し、息を殺す。
近づいて来る足音に身を竦ませながら、見つからないことだけを祈って。
「どうです? 見つかりましたかぁ?」
「あ、いえ。それがまだ……そう遠くには行ってないはずなんですが」
「あの怪我ですしねぇ。それに私の作った機械もこのあたりを指し示してるんだけど……」
外から聞こえてくる男と女の声に少女はビクッと体を震わせる。
「あぁ、まだ試作品だからダメかなぁ。このあたりの特殊な環境も相まって上手く作動してないのかも」
「しかしそれでは……」
「まぁまぁ、焦らない焦らない。小さな女の子一人、これだけ人数がいればすぐに見つけられるでしょ。うべっ、口の中に砂入った……そんじゃ、私は帰るから。この子の改良もしたいし、後はよろしくー」
「あ、ちょっと」
「見つからなかったらどうなるかはわかってるよね? あの方、だいぶ怒ってたから……急いだ方がいいかもよ」
「っ!!」
女の言葉で慌てだした男達はバタバタと走って捜索を再開する。
気付けば少女の周囲にあった気配は一つもなくなっていた。
「いなく……なった? でもまだゆだんできない」
それからどれほどの時間が経っただろうか。
少女はジッとその場で耐え続け、風の音しかしなくなった頃にようやく穴から出た。
多少とはいえ、体を休めることができたことで僅かに体力も回復している。全身が傷だらけであることに変わりはないのだが。
周囲は薄暗くなり始めており、これなら見つかる可能性も低いと考えて少女は再び歩き出す。
一歩歩くごとに足に激痛が走る。まるで割れたガラスの上を裸足で歩いているかのような感覚。
それでも少女の意志は揺るがない。
その紅蓮の如き赤い瞳に宿るのは、憤怒、そして憎悪の感情。
おおよそ幼い少女が抱くには相応しくない感情。
だが、その感情こそが、その感情だけが少女を支えていた。
「力が……ほしい……だれにも……負けない、力が……」
ギリッと歯を食いしばる。
果てない荒野を少女は歩き続ける。
ただ一つの意志を持って。
やがて少女の姿は、荒野の闇の中へと消えていった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
揺蕩うような、微睡むような感覚の中。
ユースティアの意識は急速に覚醒した。
「————っ!!」
ベッドから跳ね起きたユースティアは、荒い息を吐きながら周囲を見渡す。
「ここ……は……」
部屋の一室であることはわかったが、どこであるかまではわからなかった。
「私は……どうなって……」
廃村で『魔導神道』のリーダーを捕まえようとしたところまでは覚えている。しかしその後のことを覚えていない。
ユースティアが軽く混乱していると、部屋の扉が開かれる。
一瞬警戒したユースティアだったが、入って来たのはイリスだった。
「イリス……」
「ユースティア様、目を覚ましましたか」
ユースティアの姿を見てイリスは少しだけ驚いたように目を見開く。
「ここは?」
「エルゼ様の屋敷です。ここはユースティア様のお部屋ですが……覚えてませんか?」
「そう言われれば見覚えがあるような……どうして私はここに」
「覚えてないんですか?」
「地下に行って、『魔導神道』のリーダーと会ったところまでは」
「……その時、ユースティア様は倒れられたんです。コロネ様が言うには急に倒れられたとかで……一応お医者様にも見てもらいましたが、精神的なことが原因だろうとのことで」
「っ!」
イリスにそこまで言われてようやくユースティアは全てを思い出した。地下で何があったのかグラウに何を言われたのかを。
「あいつは、グラウはどうなった!」
「……逃げられたそうです」
「く……っ」
ギリッと歯を食いしばる。
あそこまで追いつめておきながらグラウを逃がしてしまったことにユースティアは怒りを覚えた。それは自分への怒りだ。
(私が動揺したから……あいつの言葉で、あの場に呑まれた)
あるいはそれは最初から仕組まれていたことだったのかもしれない。
賭けに勝利した、そうグラウが言っていたのを薄れゆく意識の中でユースティアは聞いていた。
つまり、グラウは最初から何かを狙っていたのだ。それが何であるかまではユースティアにもわからないのだが。
それでも確かに言えるのは、あの瞬間ユースティアは確実に動揺してしまっていたということだ。
「この私が……してやられた」
「体は大丈夫なんですか?」
「……あぁ、大丈夫だ。最悪の気分だってことを除けば」
「なら大丈夫ですね。みんな心配してましたから。もちろん、レインさんも」
「レインも? もう戻って来てるのか?」
「はい。向こうにも魔人崇拝組織があったそうなんですが、そちらは無事にリーダーを捕まえることができたそうです。ユースティア様、子供みたいにそっぽ向かないでください。悔しいのはわかりますけど」
「……ふん、別に悔しいわけじゃない」
誰がどう見てもわかるほどにユースティアは悔しがっていた。
そんなユースティアを見てイリスは小さくため息を吐きつつも、いつものユースティアの調子に戻って来たことに少しだけ安堵していた。
「そういえば、体調が良くなったら部屋まで来て欲しいとエルゼ様が」
「はぁ……気は乗らないけど行くしかないか」
「もう動いて大丈夫なんですか? 後でも大丈夫だと思うんですけど」
「体はもう大丈夫だ。ここでずっと寝てる方がしんどい。イリスはレインに私のことを伝えておけ」
「わかりました」
そして、起き上がったユースティアは憂鬱な気分を抱えながらエルゼの部屋へと向かうのだった。
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