第33話 動揺
部屋の中にいた男はユースティア達の姿を見てもまったく焦った様子を見せなかった。
ユースティアとコロネが戦闘態勢をとっているというのにも関わらず。
「いらっしゃい、と言うべきなのかな。あぁすまないね。こう見えて私は人見知りなんだ。滅多にこの部屋から出ることもない。だからどうにも人と話すのは苦手でね。そういえばまだ名乗ってなかったね。私はグラウと言うんだ」
あまりにも平然としたグラウの様子にユースティアとコロネは気味の悪さのようなものを抱いた。
「あなたがここのリーダーですか?」
「あぁそれで間違いない。この『魔導神道』は間違いなく私の作った組織さ。魔人様によって導かれ、神の道へと至る。良い名だろう?」
「そうは思えませんが」
「そうかい? それは残念だ。感性の違いというやつだね」
「そうですね」
「それにしてもずいぶん派手に暴れたようだね。外が騒がしくて仕事に集中できなかったよ。組織のリーダーというのは面倒だね。書類仕事ばっかりだ」
「それはすみませんね。でもあなたの仕事の邪魔が出来たというなら良かったです」
皮肉を言うユースティアに対し、グラウはどこまでも自然体だった。ユースティアの言葉にも怒った様子も見せない。どこまでも感情の見通せない、暗い瞳がユースティア達のことを見つめ続けていた。
「あなたのことを捕獲します。計画しているという儀式について……詳しく説明していただきますよ」
「大人しくお縄につくッス!」
「ふむ……それは困るなぁ。私にはやるべきことがたくさんあるのでね」
「そのやるべきことの内容は後でじっくりと聞かせていただきます」
「時にお二方。少し聞きたいことがあるんだが……いいかね?」
「なんスか?」
「コロネ、相手の話を聞く時間なら後でいくらでもあります。ですから相手の話術に乗るようなことはしないでください」
「す、すみませんッス」
「はは、頭が固いなぁ君は。どうせこの状況なんだ。私に逆転の目はありなどしない。であれば少しくらいいいじゃないか」
「その言葉を鵜呑みにするほど私は敵に優しくありません。手を開いて、上にあげてください」
手の中に何も隠し持てないよう、そして妙な行動ができないようにグラウにそう促すユースティア。
グラウはさして抵抗するわけでもなく、ユースティアの言葉に従って行動する。
その素直さすらユースティアには不気味に見えた。
ただグラウの言う通り、この状況から逆転することは不可能だ。聖女が二人揃ったこの状況。魔人であっても逃げ出すことは叶わないだろう。
魔人崇拝組織のリーダーとはいえ、ただの人。聖女に勝てる道理など無かった。
「これでいいのかな?」
「そのまま動かずに。後ろで手を組んで膝をついてください」
ユースティアは【失楽聖女(ブラックマリア)】を構えながら言う。もしグラウが妙な行動をとればすぐにでも撃つつもりだった。
「気分はどうかな?」
ユースティアの言うままに行動していたグラウが不意に言葉を発する。ユースティアは不要なことを喋ったグラウの足を撃ち抜いたが、グラウは全く動じることもなくそのまま喋り続ける。
「実はね、私の気分は最悪なんだ。と言っても勘違いしないで欲しい。君達が来たから気分が最悪なわけじゃないんだ。ここにいるとどうしても気分が悪くなってしまうんだよ。お二人はどうかな?」
「どうって言われても、最悪ッスよ。なんかこの地下空気悪いッスし。もっとちゃんと換気した方がいいんじゃないッスか?」
「換気はしているんだけどねぇ。これはそういう問題じゃないのさ。君はどうなのかな、聖女ユースティア」
「…………」
ユースティアはグラウの言葉に返事をしなかった。
それは返事をしたくなかったらではない。グラウとコロネの言葉に、気付いてしまったことがあるからだ。
「その表情……君だけは違うみたいだねぇ聖女ユースティア」
「黙りなさい」
「その様子から察するに……私達とは感じ方が違うみたいだね。ここの空気に君は適応してるのかな。いや……それも違うかな。むしろ……懐かしさを感じている、かな?」
「っ……黙りなさい!」
「ちょ、ユースティア様! どうしたんスか!」
図星だった。この廃村に来てからというもの、ユースティアの体調はすこぶる良かった。
気力が満ちるというのを感じていた。
この地下にやって来てからそれはさらに顕著になった。
体が軽い。気分が良い。そして何よりも……懐かしさをユースティアは感じていた。
この薄気味悪い空間に、ユースティアは心地よさを感じていたのだ。
「ここはね、東大陸を再現しているんだ。かつてこの地を訪れた魔人様によって作りあげられたこの空間。やがて来るであろうその時のために空気に体を慣らしておこうと思ったんだけどね。やはり人の身には合わないらしい。聖女ユースティア……どうして君は平気なんだい?」
ニタリと、嫌らしい笑みを浮かべるグラウ。
対するユースティアは銃を持つ手が震えていた。
「私は……私は……」
「あぁ見える。聞こえる。君の動揺する心が。そんなはずはないと必死に自分の心を否定しているね。でも無駄さ。どんなに否定したところで体という者は正直だ。偽ることはできない」
「ユースティア様!? お前、なにしたッスか!」
「勘違いしてしまっては困るな私自身は何もしていないさ。ただ強いて言うならば……人は決して変われないということさ」
「何を言ってるッスか! ユースティア様、しっかりするッス! 大丈夫ッスか!」
「違う……違う。私は……っぅ」
膝から崩れ落ち手に持っていた銃すら落としてしまう。
その目にはもはやコロネの姿も、グラウの姿も映ってはいなかった。
「あぁ、魔人様がお教えくださったことがまさか真実だったとは。それがわかっただけで収穫はあったというものさ」
「お前っ!」
ユースティアの様子を見て嬉しそうに笑うグラウ。その瞳は魔人への信仰心でドロドロに濁っていた。
そして不可解なことに、ユースティアが撃ち抜いたはずの足の怪我が治っており血の一滴も流れてなかった。
「動くなッス!」
「無駄だよ」
コロネは殴りかかったがその拳はグラウに体をすり抜け、後ろにあった机を粉砕しただけだった。
「なっ!?」
「簡単なからくりなんだけどね。気付けない時は気付けないか。聖女もまた人の子ということだね。冷静になるといい」
「お前が言うなッス!」
「それももっともな話だ。さぁそれじゃあ邪魔者は立ち去るとするよ」
「あっ、ま、待てッス!」
慌ててグラウを捕まえようとしたコロネだったが、その手はやはりグラウの体を通過する。そしている間にもグラウの体は徐々に影の中へと沈んでいく。
「どうやら私は賭けに勝利したようだな。また会おう。この国が変革するその日に」
最後にそれだけ言い残してグラウの姿は消えた。
「逃げられたッスか……」
ギリギリまで追いつめたというのによりにもよってリーダーに逃げられたという事実にコロネは苦い顔をする。
「あ、大丈夫ッスか、ユースティア様!」
「私は……」
「ユースティア様? ユースティア様!?」
近くにいたコロネにも聞こえないほど小さな声で何かを呟き……ユースティアは意識を失った。
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