第31話 仄暗い笑み
『魔導神道』の構成員である二人の男は、侵入者を探して村の中を歩き回っていた。
しかし、その様子にやる気は見られない。
「なぁ、ホントに侵入者なんているのか?」
「おい、滅多なこと言うなよ。オルマ様に聞こえたらどうする」
「それは怖いけど。でも、侵入者なんてどこにも見当たらねぇじゃねーか。狼の鳴き声が聞こえたってだけだろ。気にし過ぎなんじゃねーのか?」
「なんでも今は大事な時なんだとよ。儀式だかなんだか知らねーけど」
「あぁ、オルマ様が言ってたことな。あれも一体なんの儀式なんだか。俺らみたいな下っ端には関係ないことさ。やれやれ、俺らが魔人様になれるのはいつになるのかね」
「言えてるな」
「その話、詳しく聞かせて欲しいですね」
「っ! だ、誰——」
「がっ!」
「ぐふっ!」
突然聞こえてきた第三者の声に慌てて振り返る男達。しかし、その目が声の正体を見ることはなかった。気付いた時にはその視界が闇に覆われていたからだ。
「た、助け——っ」
「残念ですが。あなた達に救いはありませんよ。改心でもしない限りは……ですが」
二人の姿が影の中へと消えていく。
残されたのは二人の持っていた武器だけだった。
「……こうして使っていると【影魔法】は便利ですね。隠密行動には最適かもしれません。まぁ、今は別に隠密行動をする必要もないんですが」
「ユースティア様、今の二人急に消えたッスけど、どこに行ったんすか?」
「ここですよ。私の影の中です」
「影?」
「【黒影魔法】です。最近この魔法が便利なことに気付いたんです。応用の幅も広いですし。今日はこれを主体にやっていこうかと思ったんです。この魔法、結構見た目は怖いですし」
ユースティアの影が広がったり、縮んだりを繰り返す。ユースティアの体を隠すように覆ったりと自由自在だ。確かにその姿は異様で、大丈夫だとわかってるコロネでさえ僅かな恐怖を感じるほどだった。
「さぁ、では本格的に逃げられないようにしましょうか」
「結界でも張るんスか?」
「んー、近い。ですかね。結界のようなものですが結界ではありません。この影を使います」
「影を?」
「見ていてください。【黒影魔法】——『隔絶影世』」
ユースティアが地面に手をつくと、その地点を中心にして影が一気に広がる。それは伸びて伸びて。廃村の周囲一帯に巨大な影の壁を作った。
空こそ見えているものの、それ以外は全て影だ。
「な、なんスかこれ!?」
「あなたがそこまで驚きますか? 聖女であるあなたなら同じようなことができるはずですが」
「いやいや、無理ッスよ!」
「そうですか? 少なくともエルゼさんならばできるでしょう」
「姉様なら……確かにできそうッスけど。こんな威圧感のある魔法使ってるの見たことないッスよ?」
「できるけどやらないだけでしょう。あの人はそういう人ですから。私は使えるものは全て使う主義です。それが善であれ、悪であれ」
「善であれ、悪であれ……ッスか?」
「えぇ。力は力ですから。それに、今回の場合は威圧感を与える方が良いでしょうし。さぁ行きますよ」
「は、はいッス」
ユースティアが影を広げたことで『魔導神道』の構成員達も何事かを騒いでいる。
「動揺を誘うにはこれで十分でしょう。この影は彼らでは絶対に壊せない。つまり、逃げることはできません」
「でも、上は開いてるッスよ」
「そこも抜かりはありません」
コロネが言ったように、開いてる空か飛んで逃げようとする人もいた。
『魔導神道』の幹部の一人であるマールは身の危機を感じたのか空を飛んで逃げようとしていた。しかし、
「きゃああああああっっ!!」
逃げようとしたマールに矢が直撃する。肩を撃ち抜かれたマールは悲鳴を上げながら地へ落ちる。
「あの通り、空はイリスが守ってくれますから」
「な、なるほどッス」
「さぁ、後は自由に暴れましょう。コロネ、あなたも自由に暴れて構いませんよ。殺すのはどうしようも無い時だけということで」
「え」
「それでは」
それだけ言い残すと、ユースティアは影の中へと消えていった。
その場に残ったコロネはユースティアが何気なく放った一言に驚きを隠せずにいた。
「殺すのはって……その選択肢も考慮してるんスか、ユースティア様……」
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突如として周囲一帯を黒い影の壁で覆われたことにオルマも動揺を隠せずにいた。
「なんだこれは! どうなっている!」
「わ、わかりません! 敵の仕業であるということしか」
「それくらいはわかっておるわ! えぇ、さっさと見つけ出せ、殺しても構わん!」
「それはまた随分と物騒な言葉ですね」
「っ! だ、誰だ!」
「さぁ、誰でしょうか。当ててみますか?」
「遊びに付き合うつもりはないっ! さっさと姿を現せ! 殺してくれる!」
「殺す殺すと、いつぞやの断罪教の少年を思い出しますね。彼よりは年上のようですが……精神年齢は育っていないようですね」
「なんだと! どこにいるこの卑怯者が! 殺してくれる!」
「結局それですか。ちなみに、私はずっとあなたの傍にいますよ」
「なんだと!?」
「う、うわぁあああああっっ!!」
オルマの傍にいた部下が吸い込まれるように影の中へと消える。そして入れ代わるようにして現れたのは息を呑むほど美しい少女、ユースティアだった。
「貴様……まさか聖女! ハルバルト帝国の聖女か!」
「大当たりです。さすがに知っていましたか」
「あぁ当たり前だ。貴様らは我らが宿敵。いずれ滅ぼす存在なのだからな」
オルマはユースティアを見て大剣を構える。他の部下と違ってその目に恐怖は無い。自分の力に絶対の自信を持っているからだ。
「滅ぼす……ですか。滅ぼされるの間違いでは?」
「ふん、どちらが滅ぼされる側であるか。すぐにわかるであろうよ」
「そうですね。すぐにわかります」
「まさかそちらから来るとはな」
「……ふぅ、ダメですね本当に」
「?」
「あぁいえ。こちらの話です。どうも抑えられないんですよ。この国に来てから。わかっているんです。理解もしているんです。でもどうしても受け入れられない。この国が。この国にいるとどうしても……あの聖女が目に入ってしまうから。あの聖女の息吹を感じてしまうから」
「なんだ貴様、なんのことを言っている」
「私もまだまだですね。もっと心に余裕を持たないと。どうしても好戦的になってしまいますから。少しは気持ちを落ち着けたいので、あなたがやる気だというなら……楽しませてくださいね」
「ふん! その余裕、すぐにかき消してくれるわっ!」
ズン! と地面にめり込む勢いで踏み込んだオルマは大剣を振りかぶってユースティアとの距離を詰める。
「死ねい!」
オルマにとって完璧と断ずることができる一撃だった。まさしく、会心の一撃。
避けようもない。受け止めれもしない。
次の瞬間にはユースティアの体は切り裂かれ、臓物を撒き散らしながら地に倒れ伏す——はずだった。
「これが、あなたの一撃ですか?」
「な、なんだと!?」
大剣の切っ先は止められていた。ユースティアの指先で。
オルマがどれだけ押し込んでもビクともしない。
「このからくりにも気付けない程度の実力なら……正直お話にもならないんですが」
「っっ!! な、舐めるなぁ!」
「えぇそうです。いいですよ。もっとやる気になってください。もっと死力を尽くしてください。死の恐怖を感じながら、生にしがみつこうとする意思を見せてください。そんな姿を見ていると、心が少しだけすっきりするので。ふふ……うふふふ……」
「この……化け物がぁ!!」
「化け物じゃありませんよ。私は……聖女です」
そう言ってユースティアは、仄暗い笑みを浮かべた。
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