第30話 狩人の牙
「敵襲だーーーっ!!」
ユースティア達の存在に気付いた魔人崇拝組織の構成員達は右へ左へと慌てふためいていた。
地下に隠れていた面々も迎え撃つために武器を手に地上へと出てくる。
その様子をユースティア達は離れた位置から観察していた。
「いいですね。上手くあぶり出すことができてます。この調子なら主戦力はあらかた出てきているでしょう」
「えっと……そんなことして大丈夫なんスか?」
「えぇ何も問題はありません。相手の力量を測ることもできますしね」
「そうなんスか?」
「非常事態になった時、どのような行動をするかで相手方の力量を測るんです。そう言う点で言えば……ここの方たちはあまり練度が高いとは言えませんね。行動に統率が取れていません。全員が自由に動いて私達のことを探しています。ですがそれではダメです。相手が何人いるのかもわかっていない状況で動くのは愚策でしかありません」
ユースティアの視界の先では各々が敵を見つけ出そうと自由に動き回っている。
中には見つけることに必死になり過ぎて、味方を敵と間違える人もいるくらいだ。
統率が取れていないことは明らかだった。
「その中でも数人指示を出している人がいます。わかりますか」
「えっと……はいッス。禿げ頭の厳ついおじさんと、ローブ被った怪しい感じの人と、派手な杖持ったおばさんッスね」
「当たりです。あの三人はここの幹部と見て間違いないでしょう。もしかしたらまだ他にもいるかもしれませんが……あの三人の確保優先順位は高めに設定しておくべきでしょう」
「な、なるほどッス」
「後はリーダーを見つけることができれば良いのですけど……まぁさすがに出てきませんか。ですが、出てこないということだけわかれば十分です。さぁ、始めましょうか。どちらが狩られる側であるのかを……その身に叩きこんで差し上げましょう。先に行っていますね」
そう言ってユースティアは美しい笑みを浮かべる。しかしその裏にあるのは狩人の獰猛さだ。その片鱗をコロネは感じ取り、思わず背筋をゾクリと震わせた。
ユースティアはそのまま地を蹴ると、音もなく消えた。
「な、なんか……ユースティア様って、聞いてたイメージとちょっと違うかもしれないッス」
「伝聞は伝聞、ということだと思いますよ」
「イメージが悪くなったってわけじゃないんスけどね。なんというか……姉様が尊敬してるって言ってた意味のちょっとだけわかった気がするッス」
「それはいいんですけど、コロネ様も行かなくていいんですか?」
「え、あ! そ、そうッス! あたしも行かないと。イリスちゃんはここで待機ッスよね」
「はい。戦闘面では足手まといにしかならないので。ここから後方支援を任されています」
「おぉ、弓ッスか。渋いッスね」
「使える武器がこれしかなかったというだけです。レインさんのように銃が使えたら良かったんですけど、私では反動に耐え切れなかったので」
「使えるだけですごいッスよ。それじゃああたしも行ってくるッス! イリスさんも気を付けて!」
「はい」
そう言って慌ててユースティアの後を追いかけるコロネ。その場に残されたイリスは、ユースティアから与えられた弓を構える。
「それでは、私の守りはお任せしますね。狼さん」
「「わふっ」」
気付けば近くに戻って来ていた二匹の黒狼。
この二匹はユースティアからの指示でイリスを守るように言われていた。
「ふふ、見れば見るほどレインさんに似てますね。ユースティア様は言っても認めないでしょうが」
その時だった。廃村の方から大きな音が聞こえてきたのは。
それはすなわち、戦闘が始まったということに他ならない。
「私も、お仕事の時間です」
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「草の根をかき分けてでも見つけ出せぇ! 鼠一匹見逃すな!」
突如村の中に響き渡った狼の咆哮。それを野生のものだと考えるほど禿髪の男……オルマは甘くなかった。
敵襲。そう考えてしかるべきだったからだ。
しかしその姿が見当たらない。咆哮したであろう狼の姿すら見つけられていなかった。
「宣戦布告のようなことをしておいて姿を見せないだと? 我らのことを舐めているのかっ!! お前達、何をグズグズしている!!」
「す、すみません! ですが子供達を先に避難させておかなければと」
「そんなものは後回しでいい! あれらも我ら『魔導神道』の構成員だ。戦闘訓練も受けさせている。自分の身くらいは守れるであろうよ」
「で、ですが——ぐぼぁっ!」
それでもなお口答えしようとした部下をオルマは斬り捨てた。
「まだ他に口答えする者はいるか」
ギロリと睨むと蜘蛛の子を散らすように走り去って行く。
「まったく、ここまでしなければ動けんのか」
「オルマ、やり過ぎだ」
「ヤケンドルブか。何がやり過ぎだというのだ?」
「部下など駒でしかないが、もっとちゃんとした使い方をしろ。無駄にするようなやり方は勿体ないぞ。あのマールのように部下で肉壁を作るとかな」
「ふん、部下に守られなければならんほど弱くない。それに見ろ、今ので他の者どもがやる気になった。それで十分だろう」
どちらかと言えばやる気になったというよりも殺さる恐怖からなのだが、オルマからすればどうでも良いことだった。
『魔導神道』の長と自分達幹部以外はいくらでも替えがきく駒なのだから。
「確かにそうとも言えるが……まぁいいか。それよりどこの連中が仕掛けてきたと思う?」
「野党の類ではあるまい。おおかた贖罪教か断罪教の連中だろう。しかし、であれば姿を見せ主張すると思うのだが」
「まさか例の一件が聖女に露見したなどということは」
「ありえん。あれはごく一部の者にしか知らされておらぬことだ。漏れるはずがない」
「しかしこのタイミングでの襲撃。狙ったようではないか」
「ふん、なんであれ関係あるまいよ。ここに来た愚か者を誅するだけだ。ヤケンドルブ、まさか怖気づいたわけではあるまいな」
「それこそまさかだ」
ヤケンドルブはオルマの言葉を鼻で笑うと、その場から離れていく。侵入者を見つけるためだろう。
「どこの誰だか知らんがタイミングの悪いことだ。この時期に攻めてくるとはな。我らの儀式を邪魔されるわけにはいかんのだ。その命だけで贖えると思うなよ。地獄すら生温いほどの恐怖を味合わせてやる」
しかし、この時のオルマは……『魔導神道』の構成員は誰一人として気付いていなかった。
追い詰めようとしている敵の牙が、すでに自分達の喉元にまで近づいてきているということに。
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