第29話 魔力の訓練法

 廃村の近くまでやってきたユースティア達は見つからないよう近くの岩場に降り立った。


「ここなら大丈夫でしょう。【消音魔法】で私達の音も消していますし、認識阻害で私達の姿を正しく認識できないようにしてますから、目立つような真似をしなければ大丈夫でしょう」

「ユースティア様は姉様と同じ魔法が使えるんスね」

「あなたも使えるでしょう?」

「あー、その、情けない話なんスけど。【魂源魔法】には適性があったんスけど他の魔法がほとんど使えないんス。むしろ【魂源魔法】特化って感じッス」

「それはまた珍しいですね」


 聖女というのは基本的に多才だ。ユースティアは言わずもがな、一年前に聖女になったばかりのサレンですらすでに多くの魔法を習得している。

 【魂源魔法】にだけ適性がある聖女というのは非常に珍しかった。


「姉様にも色々教えてもらったんスけど、どれも上手く使えなくて。そもそも聖女になるまで魔法にもほとんど触れてこなかったッスから」

「なるほど。ですが、【魂源魔法】に適性があるだけで聖女として十分です。他の魔法も強力ではありますが、【魂源魔法】ほどではありませんから」

「確かに【魂源魔法】は強力ッスからね。あたしも戦う時はだいたい【罪姫(アトメント)】と【魂源魔法】に頼ってるッス」

「それで戦えるなら十分ですよ。他の魔法はあくまで戦術の幅を広げるためのものですから」

「それでも姉様やユースティア様を見てると魔法使えるのが羨ましくなるッス」

「そうですね。また機会があればお教えしましょう」

「マジッスか! ありがとうございますッス!」

「ですがそれも後の話です。今は目の前のことに集中しましょう。まずは廃村の様子の確認ですね。このまま向かっても構わないんですが……まずは偵察を送りましょうか」

「偵察ッスか? でもそんな人員連れてきてないッスよ。まさかイリスさんに行かせるつもりじゃ」

「そんなことはしませんよ。彼女には別の役割がありますから。話は簡単ですよ。偵察がいないなら創ればいいんです」

「創るって、もしかして」

「察しが良いですね。そうですよ先ほどと同じです。【創造魔法】——『黒狼降臨』」


 ユースティアの目の前に二匹の黒い狼が現れる。漆黒に輝く美しい毛並みの狼だ。ユースティアが優しく撫でると気持ち良さそうに目を細める。


「可愛いッスね!」

「狼ですか……すごく可愛いです。私も触って大丈夫なんですか?」

「えぇ。大丈夫ですよ。噛みついたりはしませんから」

「あはっ、じゃああたしも触りたいッス!」


 ユースティアが許可を出すと、イリスとコロネが狼のことを撫で始める。

 二匹の狼はされるがまま二人に撫でまわされている。


「モフモフですね。気持ちいいです」

「この毛並み……これを魔法で創り出せるなんて。あぁ、あたしも【創造魔法】使えるようになりたいッス」

「動機が不純ですね。まぁ習得する意欲があることは良いことですが」

「この毛並みは暴力的ッスよ~。でもこの狼、なんでか既視感があるんスよね。なんでッスかね? 初めて見るはずなんスけど」

「確かにそうですね。私も妙な既視感があります。いつも見てる誰かに似てるような……」

「っ!」

「あ、そうです。この子達、レインさんに——」

「き、気のせいでしょう! レインに似ているなんてそんなこと、あり得ませんから。気のせいです。えぇ気のせいですとも」

「…………」


 どこか必死なユースティアの様子に、踏み込んではいけない何かを感じたイリスとコロネはそれ以上追及せずに狼のモフモフをしばしの間楽しんだ。


「ふぅ、満足ッス。それで、この子達が偵察してくれるんスか?」

「えぇ。この子達は頭が良いですから。私と視覚共有もできますし。この子達であればしっかり仕事を果たしてくれるでしょう。行きなさい」

「「わふっ」」


 ユースティアの言葉で黒狼が駆け出す。

 二匹はぐんぐんとスピードを上げて、影の中に溶けるようにして消えていった。

 ユースティアは目を閉じて二匹の黒狼と視覚を共有する。


「……廃村、というわりにはずいぶん綺麗な建物が多いですね。井戸の水もまだ生きています。それにあれは……子供? 子供もいるとなると、ここに住んでるのは明らかですね。それも少人数じゃありません。かなりまとまった人数が住んでるようですよ。結界も貼ってありますし、怪しいのは明らかですね」

「結界ッスか? あの子達は結界に触れて大丈夫なんスか?」

「問題ありません。あの子達は結界を透過するようになってるので」

「はえー、便利なんスね」

「慣れればできるようになります」


 黒狼と視界を共有したまま廃村の中をくまなく散策するユースティア。


「これは……儀式の場? それにこの紋章は……どうやら当たりの用ですよコロネ」

「それはつまり……ここが魔人崇拝組織の隠れ家ってことッスか」

「そうみたいです。ですがそれにしては妙に人の気配が少ないですね。どこかに隠れている? だとしたら……地下ですね」

「地下ッスか」

「えぇ。この近くに身を隠せるような場所はありません。目立った建物もない。だとすればいるのは地下です」


 そう言うとユースティアは黒狼との視界共有を解き、地面に手を付ける。


「何してるんスか?」

「地面に魔力を流しています。薄く、広く伸ばして。魔法を使ってもいいんですけどね。魔法を検知する結界が貼られていたら面倒ですから」

「なるほどッス」


 魔力の扱いに長けているユースティアだからこそできることだ。普通の人では魔力を手足のように自在に操ることはできないのだから。

 コロネも人より魔力の扱いに長けている自信はあるが、ユースティアほどではない。


「……ユースティア様はどうやってそこまで魔力を扱えるようになったんスか?」

「簡単な話ですよ。誰にでもできます。やろうと思えば、ですが」

「どんなことをしたんスか?」

「毎日死にかけるギリギリまで魔力を使いました。使い続けました。血反吐を吐いても、倒れても、それでも限界まで。いいえ、限界を超えて魔力を行使し続ける。魔力の使い過ぎで負った怪我を魔力で治したりなんてこともしましたね」

「…………」


 なんでもないことのように軽く言うユースティアだが、その狂気とも言えるやり方にコロネは思わず絶句する。

 とてもではないが真似できることではない。


「なんでそこまでしたんスか?」

「……私には命を賭けてでも強くならなければいけない理由がありましたから。命を失うか強くなるか。あの頃の私にあったのはそれだけで……すみません、変な話をしましたね」

「いえ、こっちこそすみませんッス」

「気にしないでください。それよりも見つけましたよ。隠れ家を。やはり地下にあったようです。それなりに大きな施設があるようですね。この村にあった神殿跡地の地下です。ついでです、こちらの存在を向こうに教えてあげるとしましょうか」

「えぇ!? どうしてそんなことを」

「決まっています。全員あぶり出して捕まえます。逃げられないように、こちらの結界を重ね掛けしたうえで」

「全員捕まえるんスか? あたし達三人しかいないッスよ」

「三人も、います。そしてそのうち二人は聖女です。であればできないことはないでしょう。さぁ準備はいいですか?」

「は、はいッス」

「大丈夫、です」

「では行きましょう。吠えなさい、黒狼」


 ユースティアの合図と共に黒狼が高らかに吠え、ユースティア達の存在を伝えた。


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