第28話 ユースティアのセンス

 レイン達が北部にある魔人崇拝組織について調べている頃、ユースティアとイリスもコロネと共に手に入れた情報をもとに南部へとやってきていた。


「こっちッスよ、ユースティア様、イリスさん!」

「そこまで急がなくても」

「いやぁ、そうなんスけど。ついつい気が逸っちゃうッス」

「やる気があるのは良いことですけど、空回りしないようにだけ気をつけてくださいね」

「もちろんッス!」


 ふん、とやる気を見せるコロネにユースティアは本当にわかっているのかと言いたくなったが、その気持ちをグッと堪える。

 エルゼから出発前にコロネに関して頼まれていたことがあったからだ。


(今回の任務についてはこいつに主体的に動いてもらう、だったか。成長を確かめたいのかなんなのか知らないけど、そういうのを私に任せないで欲しい。面倒だから)

 

 断る理由もないので受け入れたが、もとよりよっぽどなことがない限り口出しする気もなかった。


(まぁいまの所は大きな問題もない。だから大丈夫って断言するにはまだ早いけど。問題があるとしたら……)


「あ、ちょっと待っててくださいッス。おばあさん、どうしたッスか?」

「あぁこれはこれは。コロネ様」

「荷物運ぶなら手伝うッスよ。この量は一人じゃ大変ッスもんね」

「そんな、コロネ様に手伝っていただくなんて」

「遠慮しなくていいッスよ。このままほっとく方があたし的には落ち着かないッスから。どこまで持って行くッスか?」

「ありがとうございます。それじゃあ、この先を曲がった角の家まで」

「わかったッス! ユースティア様、ちょっと行って来るんで、ここで待っててほしいッス」

「えぇ。わかりました」

「それじゃあ行くッスよ。おばあさん」


 おばあさんから荷物を受け取ったコロネはそのままおばあさんの手を優しく引いて荷物を運ぶ。

 コロネがこうして誰かを助けるのは今のが初めてではない。すでに何度か同じような光景をユースティアは見ていた。怪我をしてしまった男性、道に迷っていた行商人。迷子になってた子供などなど。とにかくコロネは困っている人を見るとすぐに助けに行ってしまうのだ。


「人を助けないと死ぬ呪いにでもかかってるのかって感じだな」

「人を助けるのは良いことだと思いますけど」

「それも時と場合による。今は任務中。当たり前だが優先順位は任務の方が高い。だいたい、こんなペースで進めてたらいつまで経っても任務が進まない。それじゃ本末転倒だ」

「確かにユースティア様の言うことももっともですけど」


 すでに遠くにいるコロネの方に視線を送るイリス。色んな人に声を掛けられながら、それら全部にしっかり対応している。

 嫌そうな顔など一つも見せない。ずっと笑顔だ。


「あれがコロネが好かれる理由の一つでもあるんだろう。だから咎める必要があるとは思わない。度が過ぎなければな。コロネの聖女としての在り方は私の、いや、他の聖女のそれとも大きく違う。少なくとも、ハルバルト帝国にコロネみたいな聖女はいない」


 尊敬される、憧れられる存在。常に経緯を持って接せられるのがユースティアを含めたハルバルト帝国の聖女だ。サレンですら住人達とは一定の距離を保っている。

 だがコロネにはそれがない。まるで普通の人であるかのように、人と人として接している。

 コロネの人柄があって初めてできることだ。ユースティアに同じことはできない。


「エルゼが私と似たタイプの、いや私以上に聖女としての在り方にこだわっているからこそできることだ。もし全員がコロネのようになったら聖女の威厳なんてものはなくなるだろうからな」

「あれも良し悪しがあるということですか」

「良いことばかりだとは言わない。聖女が舐められたりしたらそれこそ問題だからな。エルゼがいるからその心配もないんだろうけど。それに、民と距離が近いからこそわかるようなこともある。だからエルゼも直せとは言わないんだろう。だったら私からは言わない。ただそれだけだ。ただ……」

「ただ?」


 人々に囲まれるコロネの姿を見てユースティアはふっと小さく笑う。その笑いには、嘲りとも、憐れみともとれるような様々な感情が混じっていた。


「そんなことをしても、私達がただの人になれるわけじゃないのにな」

「ユースティア様……」


 その言葉に込められた意味をイリスは推し量ることはできない。それができるとすれば、やはり同じ聖女だけなのだろう。


「変な顔するな」

「変な顔してましたか?」

「あぁ。私は聖女であることに満足してる。だから気にするな」

「そう言うのであれば」

「お待たせしたッス!!」


 荷物を運び終えたコロネが走って戻って来る。

 満足そうな表情をしているのは、人助けをできたからなのだろう。


「いえ、そんなに待ったわけではないから大丈夫ですよ」

「そう言っていただけると助かるッス。あ、でもおかげでいい情報手に入れたッスよ!」

「情報ですか?」

「はいッス。ここからさらに南下した場所に廃村があるそうなんスけど、そこに最近怪しい人たちが出入りしてるって話しッス」

「なるほど。それが魔人崇拝組織である可能性があると。他の集団というかのせいもありますが……まずはそこから確かめてみることにしましょう」

「はいッス!」

「まずはそこまでの足が必要ですね。【創造魔法】——『黒龍招来』」


 ユースティアが空に手を向けると、暗雲が立ち込めそこからズズズッと巨大な黒龍が姿を現す。

 周囲の人々も何事かと空を見上げ、腰をぬかす人までいる。


「わわわわわっ、な、なんスかこれ!」

「驚かないでください。私の魔法ですから」

「魔法? な、なんでこんな物騒な魔法を使うんスか!」

「物騒? 可愛いじゃないですか、黒龍」

「いや、めちゃくちゃ厳ついですよあれ!」


 ゆっくりとその身を地上に近づける黒龍。

 人々を畏怖させるには十分な威容だった。

 ユースティアはその手に乗り、コロネとイリスも乗るように促す。


「さぁ乗ってください。これで一気に飛んでいきましょう」

「か、噛みついたりしないッスか?」

「この黒龍は私の魔法で創った魔法生物です。生きてるわけではありませんから。私が命じれば話は別ですが、私の意思に反して動くようなことはありませんよ」

「創ったってことは、これがユースティア様の趣味ってことッスか。うーん、なんとも言えないッス」

「?」

「いえ、気にしないでくださいッス。それよりも、こんなのが飛んでたら目立つッスよ」

「そこも問題ありません。【透過魔法】」


 黒龍の見上げるほど大きな巨体を、透明な膜が覆っていく。


「これは……もしかして、他の人からは見えなくなってるッスか?」

「えぇ、その通りです」


 膜の内側にいるユースティア達と違い、その外側にいる人々は忽然と姿を消した黒龍に驚いてキョトンとした顔をしている。

 白昼夢でも見ていたのかと頬を抓る人がいるほどだ。


「これで見つからずにいけます」

「すごいッス。これだけの魔法をポンポン使えるなんて」

「慣れればあなたもできるようになります。さぁ、行きますよ。道の案内をお願いします」

「はいッス!」


 ユースティアの指示で黒龍が動き出し、廃村へと向かうのだった。

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