第26話 山の中へ

 目的の山へとやって来たレインとエルゼは周囲を警戒しつつ、山の麓へと降り立った。


「さて、到着したわけですが。ここからは慎重に行動しなければいけませんね。リオルデルさんは隠密行動には慣れていますか?」

「はい。完璧ではないですけど。ある程度は」

「それは上々。私があなたに【消音魔法】をかけますので、使ってください」

「わかりました」


 エルゼはそう言ってレインに【消音魔法】をかける。

 レインは軽く地面を蹴って魔法の効果を確認する。地面を蹴っても、その音は吸収されるように消える。


「大丈夫そうですね」

「はい。ありがとうございます。これなら行けそうです」

「本当ならもっと早く確認しておくべきでしたが、あなたの武器はなんですか?」

「俺の武器ですか? これです」


 取り出したのは《紅蓮竜牙》。真紅に輝くレインの相棒だ。


「なるほど銃ですか。隠密にはあまり向かない武器ですね。他には?」

「すみません。他に持ってるのは短剣くらいで。扱い慣れてるのは銃だけなので」

「そうですか。まぁですがなら話は単純です。その銃にも【消音魔法】をかけておきましょう……試し打ちして見てください」

「はい」


 近くの気に向けて試し打ちするレイン。発砲音も、着弾音も無かった。完全な無音だ。


「すごいですね、この魔法」

「言葉通り音を消す魔法ですからね。任意の音だけを消すことができるので私もかなり重宝しています」

「俺も魔法が使えたらいいんですけど」

「適性がないんですか? 魔力を持っていないというわけではないでしょう。あなたの体からは確かに魔力を感じます」


 エルゼの言葉にレインは思わずドキリとする。

 罪の封印にほとんどの力を使っているレインは確かに魔力を保有しているものの、使うことはできない。

 しかし今までそれに気づかれたことは無かった。

 エルゼは気付けたのはそのたぐい稀な感覚の鋭さがゆえだ。


「……今すべき質問ではなかったかもしれませんね。すみません」

「いえ、気にしないでください。俺のほうこそすみません」

「今は先を急ぎましょう。この先に魔人崇拝集団がいる可能性があります。注意して進みましょう」

「はい」

「まずは先の様子を確認しましょう。【創造魔法】——『王犬降臨』」


 竜を生み出した時と同じように、レイン達の目の前に二匹の真っ白な犬が現れる。

 気高さを感じさせる犬だ。


「行きなさい」


 エルゼが指示すると、音もなく駆けていく二匹の犬。その姿はあっという間に木々の中へと消えていった。


「あの二匹とは感覚が繋がっていますから、何か見つかればすぐにわかります」

「ありきたりな言い方になってしまいますけど、本当に便利ですね」

「えぇ。特にこの【創造魔法】は使い勝手の幅が広いので気に入っています」


 【創造魔法】はエルゼがもっとも得意とする魔法の一つ。もちろん一度に消費する魔力は並大抵ではないが、それほ膨大な魔力を持つエルゼからすれば些末なものだ。


「……どうやら当たりのようですね。結界が貼ってあります」

「結界ですか」

「どんな結界かは行けばわかるでしょう」


 エルゼが先導して歩き出し、レインもその後に続く。

 そしてしばらく歩いた所で不意にエルゼが立ち止まった。そこにはエルゼの放った犬もいる。


「止まってください。ここに結界があります」


 そう言われてもレインの目には何も映らない。木々の立ち並ぶ変わらぬ光景があるだけだ。

 以前イリスを助けた時に貼られた結界は目に見える形だったのでわかりやすかったのだが、結果とは本来見えないものなのだ。


「認識阻害、侵入感知……なるほど、完全に侵入者対策の結界ですね。認識阻害によってそもそもこの場所に近づけない。近づけたとしても結界に触れれば侵入感知で悟られる。お粗末ではありますが、有効な結界であるのは事実でしょう」

「壊すんですか?」

「いえ、壊せば悟られます。ですので、壊さず悟られずに侵入します。ようは結界に気づかれなければ良いのですから——【透過魔法】」

「?」


 エルゼが何か魔法を使ったことはわかったのだが、それが一体どんなものであるかレインにはわからなかった。


「実感ができるものではないと思いますよ。ただ結界を通り抜けるためだけに作った魔法なので」

「作ったって……いま作ったんですか?」

「はい。この程度の魔法ならすぐに作れますから」

「さすがですね」


 状況に応じた魔法をすぐに作り出すことができるなど、普通はありえない。しかし、それができてしまうのが聖女という存在なのだ。


「オリジナルの魔法を作り出すこと自体はやろうと思えば誰でもできます。それが有用なものであるかどうかは別にして、ですが。さぁ行きましょう」


 【透過魔法】で結界を通り抜けたレインとエルゼは慎重に周囲を警戒しながらすすむ。

 ここはもう警戒すべき敵地なのだから。


「【消音魔法】で音は消していますが見つかればそれも意味はありません。姿ごと消すこともできなくはないですが、その場合私は大丈夫なのですがレインさんが私の位置を把握できなくなってしまうので、それは最後の手段にします。ここが魔人崇拝組織の潜んでいる場所だと判断できればリーダーを抑えます。いいですね」

「はい。わかりました」


 そこから少し進んだ先に開けた場所があった。そこには連なるように建物が並んでおり、まるで小さな集落のようになっていた。


「ここに住居でしょうか。ということは、この山の中で住んでいる?」

「確かに認識阻害の結界なんてものがあるなら潜むにはぴったりですし。近くには街もありますから、物資の調達もできそうですね」

「えぇ。そうですね。あれは……子供?」


 じっと様子を確認していると、家の中から子供達が出てくる。総勢で十人ほどだ。

 ボールを持ってキャッキャッとはしゃいで遊んでいる。

 しかしその子供達には普通ではない所があった。全員、体の一部に紋様のようなものが描かれていたのだ。


「……確定ですね。あれは魔人崇拝のマークです」


 【望遠魔法】で子供達の様子を確認していたエルゼはその紋様を見つけて小さくため息を吐く。


「しかし、子供達がいるとなると強行突破も難しいですね」

「どうするんですか?」

「……私達目的はリーダーを捉えること。そして行われるという儀式の情報を入手することです。ここで大きな騒ぎを起こすことは得策ではありません。戦闘は最悪を除いて避ける方向で行きます」

「でもリーダーを見つけるんですか? これだけ広いとなるとかなりの人数いると思うんですけど」

「往々にして、組織のトップというものは一番大きな建物にいるものです。私がそうであるように。本人が望む、望まないに限らず周囲の物が威厳を求める。そして最もわかりやすい威厳の示し方の一つが住居の大きさですから。つまり、あの建物にリーダーがいる可能性が高いと私は見ています」


 そう言ってエルゼが指さしたのは、立ち並ぶ家々の中でも一際大きな建物だった。


「まずはあそこを目標に進みます。リオルデルさん、遅れずについてきてください」

「はい!」


 そしてレインとエルゼは、建物を目指して進み始めるのだった。

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