第25話 レインとエルゼ
なんでこんなことになってるんだろう。
そんな思考でレインの頭は埋め尽くされていた。
「ユースティア達に担当していただくのは南側になりますので、私達は北側の情報収集をすることになります。レインさん、聞いていますか?」
「え、あ、はい! 聞いてます!」
「なら良いのですが。集中力を欠いて情報を見落とすようなことがあってはいけませんからね」
「大丈夫です。すみません。気をつけます」
内心バクバクと緊張しながらレインは自分のことを叱咤する。
ここにはユースティアの代理でやって来ているのだから、無様な姿は見せられない。
レインの失態はそのままユースティアの失態になってしまうのだから。
(しゃんとしろ俺。いきなりエルゼ様と一緒に動くことになってまだ若干混乱してるけど、そんあな場合じゃない。俺にできることをしないと)
「事前に集めた情報によれば、この先にある山。そこに怪しい人物たちが出入りしているとのことです。今回はそこを調査します」
「わかりました」
「できれば当たりを引きたいものですが……まぁ期待はしすぎないようにしましょう」
「そうですね」
エルゼの放つ聖女オーラにレインは圧倒されていた。
喋り方、立ち振る舞い。一挙手一投足が洗練された完璧なものだった。
表のユースティアもこれに近いが、エルゼのそれは格が違う。心の奥底にまでその所作が身についているのがわかるのだ。
「そこまでの移動は馬車を使いましょう」
「あ、はい。でも馬車はどこに——」
「【創造魔法】——『白竜招来』」
エルゼがパチンと指を鳴らすと突然目の前に白竜と馬車が現れる。
「な、なんですかこれ」
「何かと問われれば、私が魔法で創りあげた竜と馬車ですが。この場合は馬車ではなく竜車と呼ぶべきなのでしょうか」
「はぁ……」
「どうぞ乗ってください。竜が目的地まで案内してくれますから」
「わ、わかりました」
レインは長年の経験で知っている。聖女の行動に疑問を挟んではいけないのだと。
目の前で起きる事象が全てなのだ。
レインは深く考えることを止めて竜車へと乗り込む。
作り出したという割には中はかなり豪奢な作りになっていて、見るからにふかふかなソファと机が置かれている。
「紅茶でもどうぞ」
スッと何もない空中に手を伸ばすエルゼ。すると、その手が虚空の中へと消え取り出したのは湯気を上げる紅茶。
「いったいどこから……」
「亜空間ですが。いつでも飲めるように保存してあるので」
「えーと……さすがですね」
レインは考えるのを止めた。
亜空間ってなんだよとか、なんでそんなの紅茶に使ってるんだよとか。言いたいことは山のようにあったが、それを問うべきは今ではない。
「必要な情報は朝の段階で全て共有してありますし……着くまでの時間が暇ですね。せっかくですから、雑談でもしましょうか」
「雑談……ですか」
「嫌ですか?」
「あ、いえ。そんなことはないんですけど」
「ではそうしましょう」
「はい」
「…………」
「…………」
沈黙がその場に満ちる。
それに焦るのはレインだ。雑談しよう言い出したエルゼが話を切り出さないとは思ってもみなかったのだ。
しかし雑談すると言った以上黙っているわけにもいかない。
(でもいきなり雑談って言われてもなぁ。話題なんて微塵も思いつかないんだが)
「「あの」」
レインとエルゼの声が被る。
「あ、すみません。エルゼ様からどうぞさきに」
「すみませんリオルデルさん。気を遣わせてしまったようですね」
「え?」
「雑談しようと言い出したのは私なのですが、実はあまりこういうのは得意ではなくて。いつもならばコロネが勝手に延々と話しているのですが」
「あぁ」
その様子ならばレインも容易に想像できる。コロネならば雑談の話題も尽きることはないのだろう。
「彼女は人と話すのが得意なので。私とは大違いです」
「いえそんな。エルゼ様が謝ることでは」
「どうやら一部の人を除けば私と話すのは萎縮してしまうようなので。もちろん、そうあるように振る舞っているのも事実なのですが」
確かにエルゼの言う通り、エルゼはコロネとは全く違うタイプの聖女だ。
エルゼが民にとって崇拝の対象となる聖女であるならば、コロネは民に好かれる聖女だ。
エルゼを前にして、いつもと同じように話をできる人はそうはいないだろう。レインが緊張してしまっているのと同じように。
「聖女とは、威厳ある存在でなければいけません。人々の希望の象徴。それが聖女なのですから。人々に寄り添う役目はコロネです。私は導く立場であらねばならない」
「エルゼ様……」
「そのことに疑問を持ったことも、変えるつもりもありませんが。それでもたまに……羨ましく思ってしまうことがあるんです」
言い終えたエルゼはレインの方を見てフッと小さく笑う。
「すみません。変なことを言ってしまいましたね」
「そんなことは。でも、どうして俺にそんな話を?」
「どうして……ですか。なぜでしょう。あなたにならば話してもよいと、そう思ってしまったんです……もっと別の話をしましょうか。前から疑問に思っていたのですが、ユースティアは普段どのように過ごしているのですか?」
「ユースティア様ですか? そうですね、孤児院などに赴かれて、子供達と遊んだりしていますよ」
「子供達と……そうなんですね。それは意外です」
「子供達にもずいぶん懐かれてますよ。皆ユースティア様のことが大好きなんです」
「そうですか。あのユースティアが……」
過去を懐かしむような表情をするエルゼ。
「私と出会った頃のユースティアを知っていますか?」
「? いえ。それは聞いたことがありません」
「私が聖女に選ばれたその年、ユースティアも聖女となりました。ハルバルト帝国の贖罪本部で聖女となるための儀式を受けるその時に私はユースティアと初めて出会いました」
エルゼが七歳、ユースティアが五歳の頃の話だ。
その時のことはよく覚えている。あまりにも衝撃的だったから。
「同じ聖女になる者として挨拶しなければと、そう思って挨拶に赴いた私に対してユースティアは開口一番こういったんです『じゃまだ。消えろ』って」
「えぇ?!」
「ふふ、驚きますよね。私も驚きました。何より、私に対してそんなことを言ってきた人はそれまで全くいなかったので」
王族の親類として生まれ、聖女となるべくして育った少女。それがエルゼだ。そんな彼女に対して乱暴な言葉遣いをする人など一人もいなかったのだ。
だからこそユースティアの言葉は衝撃的だった。
「不思議と怒りはありませんでした。むしろ彼女に興味を持ちました。この少女は何者なのだろうと。まぁ、残念なことにユースティアは私のことには微塵も興味は無かったようですが。思えばその時から私はユースティアのことを意識していたのかもしれませんね」
「エルゼ様がユースティア様のことを?」
「えぇ。私は彼女のことを尊敬していますから。彼女の在り方にも。ですがそれゆえに、私と彼女は相容れないこともあるのですけれど」
「相容れないこと?」
「……この話はまた機会があればにしましょうか。もうすぐ目的地に着きます」
結局それ以上のことをエルゼは話さなかった。
レインもそれ以上は聞くことをせず、二人は目的地である山へとたどり着いた。
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