第23話 イチャイチャしたいわけじゃない

「う……ぁ……」


 全身に僅かな痛みを感じながら、レインは目を覚ました。

 ゆっくり目を開けると、そこに居たのはユースティア……否、ミティだった。


「あ、レイン起きた」

「ミティ?」

「うん、そうだよ。視覚に問題はないみたいだね」

「っぅ……」

「あんまり無理して起きない方がいいよー。加減したとはいえ、爆発をもろにくらったんだし」

「だい……じょうぶだ……」


 痛みを訴える体を無視して無理やり体を起こし、体の状態を確認するレイン。

 爆発をもろにくらったというのに、怪我は思っていたよりも酷くなく、服も焼け焦げているようなことは無かった。


「あ、怪我と服はねー。ユースティアが治したよ」

「ティアが?」

「もののついでだ。【回復魔法】も【修復魔法】も使わないと腕が鈍るからな」

「うわー、素直じゃないねー」

「黙れ」

「おーこわ」


 肩を竦めながら言うミティだが、その表情は全く怖がっているようには見えない。


「そんなことはどうでもいい。それよりもレイン、今の模擬戦について。何か反省点はあるか」

「反省点か……できる限りのことはしたつもりだけどな」


 罪を魔力で封印している関係上、レインは魔力で体を強化することができない。つまり、戦う際には素の身体能力で戦うしかないのだ。だからこそ奥の手として『魔人化』があるわけなのだが、それも気安く使えるものではない。

 少なくとも、模擬戦で使うようなものではない。


「確かに『罪弾』と『魔人化』が使えない現状でとれる手段の中ではマシな部類の立ち回りだった。それでもまだ改善できるところは多かった。最後の爆裂弾を除いてフェイントもほとんどなかったし。なにより行動が直線的過ぎて読みやすかった。お前は素直過ぎるんだ」

「素直なのはいいことだと思うけどなぁ」

「戦闘の時まで素直でどうする。戦いなんてのは相手を騙して、意表をついてこそだ。もしレインがもっとフェイントが上手かったら後五秒はもった」

「五秒だけかよ」

「私相手に五秒伸びたら誇れることだ」

「そーそー。これでも私最強の聖女なわけだし? だいたいの相手は一秒も持たずに終わっちゃうから。あ、でもさ。カウンターを予測して銃を投げとくのは上手かったなーって思ったよ」

「あんなの一度しか通用しないお遊びだ。結局見てから対応できる。それに、あれは相手の力量がわかって初めてできることだ。私のカウンターでどれだけ飛ばされるかなんていうのは、威力を知ってないとできないからな」

「まぁそうだけどさ。不意を突くっていう点では悪くない考えだと思うんだけど。だいたい私自身を基準にするのはよくないって。最後の爆裂弾だって、私だから対応できたけど他の人じゃまず無理でしょ」

「だができないとは限らない。私にできることは相手にもできると考えて動くべきだ」

「そうやって考えて何も柔軟な動きができなくなったらそれこそ無意味だと思うけど」

「なんだと」

「なによ」

「ちょ、ちょっと待てって。なんでティアとミティが言い合い始めるんだよ」

「こいつがあまりにも能天気で考え無しなこと言うからだ」

「ユースティアがあんまりにも固いことばっかり言うからでしょ。悪い所ばっかり言うんじゃなくて、ちょっとは褒めてあげたらって私は言ってるの」

「「…………」」


 バチバチと睨み合うユースティアとミティ。

 ユースティアの分身体であるというのに、この二人の思考はとことん合わないらしい。いや、あるいは分身体であるからこそ合わないのかもしれないが。


「二人とも落ち着いてくれ。二人の言い分はわかったから」

「……ふん、まぁいい。こいつの話を聞いたって無駄だからな」

「それはこっちの台詞だよーだ。ってあ、そろそろ時間だ」

「時間? あ、ミティの体が」

「レインが来る前からずっとやってたからな」


 ミティの体がうっすらと透け始める。ユースティアが分身体を作り始める時に分け与えた魔力が無くなりかけているのだ。


「うーん。残念。せっかく会えたんだし、もっとレインとイチャイチャしたかったんだけど」

「するな!」

「そんな怒んないでよ。イチャイチャはまたの機会にするからさ」

「だからするな!」

「ふふ、またねーレイン。今度は二人っきりでイチャイチャしようね。んー、チュッ」


 思わず見惚れてしまうほど綺麗な笑みを浮かべ、最後にレインに向けて投げキッスを飛ばしてミティはあっさりと消えていった。

 そうしてその場に残されたのはレインとユースティアだ。


「えーと。賑やかな奴だったな。ティアの分身体……なんだよな」

「はぁ……あぁ。そうだ。あんなのが私の分身体だなんて認めたくないけどな。それでも実力は確かだ。【罪姫アトメント】を使えないってことを除けば私と同格だからな。あの自我を持つ性質さえなかったらもっと使い勝手が良いのに」

「確かにあれは……そう気安く出せるもんでもないか」


 ミティの破天荒ぶりを見てレインもユースティアが『鏡界線』を多用しない理由を理解する。もし下手に使い過ぎて、その姿を一般人に見られるようなことがあればユースティアのイメージが大きく崩壊するだろう。

 ユースティアとはかけ離れたミティの性格を思い返し、ふとレインの中に一つの疑問が芽生えた。


「ちなみに好奇心から聞きたいんだけどさ」

「なんだ」

「もし次に『鏡界線』で分身体を生み出したら、それはさっきのミティなのか? それとも全く他の別人……っていうか、別分身体なのか?」

「そうだな。同一であると言えるし、違うとも言える。結局は私自身から生み出される存在だからな」

「そうなのか」

「ただし、だ。いいかレイン、これだけは言っておくぞ」


 ユースティアはずいっとレインとの距離を詰めて言う。


「あいつが言ってたことは全部デタラメだからな。私がレインと……その、イチャイチャとかしたいとか思ってることをしっかり肝に銘じておけ!」

「お、おう……わかった」

「ふん、わかればいい」

「それより悪かったなティア。訓練の邪魔したみたいで」

「私はただ体を軽く動かしたかっただけだ。ちょっとストレスもあったしな。その手段としてあれを選んだのは間違いだったが……そういえば、レイン。それが修理した銃か」

「ん、あぁ。今朝ルーナルさんにもらったばっかりだよ」

「……前とフォルムが変わってるな」

「機能をだいぶ改善してくれたらしい。俺が魔人化した時にも耐えれるようにって」

「ほう……面白い。模擬戦の時にも思ったが、弾速も上がってた。リロードもしやすくなってるのか。良い銃だな」

「銘は『紅蓮竜牙』だそうだ。軽く使っただけでもわかるくらい、俺にはもったいないくらいの良い銃だよ」

「そう思うなら、それに見合うような使い手になるんだな」

「努力するよ。まだ完全に手に馴染んだわけじゃないから、もう少し使い込まないといけないだろうけど」

「確かにさっきの模擬戦でも若干銃に振り回されてたな。よしレイン、今からやるぞ」

「は?」

「こういうのは早い方がいい。それに明日からは忙しくなるかもしれない。だからやれるうちにやる。時間はまだあるしな」


 言うやいなや、ユースティアが魔法で土塊の人形を複数体作りあげる。

 レインは知っている。その土人形が核を壊さなければ止まらないものであるということを。


「まずは軽く五体同時だ。使うのは銃だけ。核を撃ち抜いて止めろ」

「今からやるのか……」

「当たり前だ。十体同時にできるようになるまでやるぞ」


 ちなみに、これまでレインが相手に出来たマックスの数は七体だ。それもかなり苦労しての結果だ。

 それをさらに三体更新しろとユースティアは言っているのだ。


「マジか」

「マジもマジ。おおマジだ」


 そう言ってユースティアは笑みを浮かべる。しかしその笑みはミティの可愛らしい小悪魔的な笑みとは違う、まさしく悪魔の笑みだった。


「夜が明ける前に終わるといいな、レイン」


 それから土人形を十体同時に相手できるようになるまで、レインが死にもの狂いで戦い続けることになったのは言うまでもない。

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