第22話 模擬戦 vsミティ

 ユースティアの分身体、ミティと模擬戦をすることになったレイン。

 普通に日課の訓練をこなしに来ただけだというのに、戦うことになり若干戸惑っていたレインだったが、ユースティアがやれというならば是非もない。


「レイン、準備できたか」

「あぁ。俺はいつでも大丈夫だけど」

「私も大丈夫だよー」

「よし。なら簡単にルールだけ決めておく。まず分身体についてだが、こっちからの攻撃は無しだ。全部カウンターにしろ。それと、致命傷になるような攻撃も無しだ」

「えー、ずいぶん過保護だねー」

「黙ってろ」

「おーこわ。はいはい。黙ってまーす」

「つまり攻撃は俺からだけってことか」

「そうだ。レインの方に関しては一切に制約無しだ。どんな卑怯な手段でも使って構わない。殺す気でやれ。いつもと同じようにな」

「……あぁ。わかった」


 このルールはレインがユースティアと模擬戦をする時と同じものだ。

 ユースティアからは攻撃しない。攻撃を仕掛けるのはレインだけ。しかしこのルールについて、レインに文句はない。

 それだけの力の差があることはレインも重々承知しているからだ。

 

「遠慮なく行かせてもらうぞ」

「うんうん。どっからでもどうぞ」


 模擬戦開始の合図などない。やると決まったならばいつでも、どのタイミングでも仕掛けて良いのだ。

 数度深呼吸して気持ちを戦闘モードに切り替えるレイン。生半可な気持ちで攻撃などできない。そんなことをすればあっという間に返り討ちに合うのは目に見えている。

 一見すればのほほんとしているミティだが、構えを見ればわかる。隙が全く見えないのだ。


(流石ユースティアの分身体って感じだな。圧力まで本物そっくりだ)


 相対しているだけで膝を屈しそうになる。

 レインは手にした『紅蓮竜牙』をギュッと握る。気のせいなのか、それともルーナルがそういう風に作り替えたのか。以前よりもずっと手に馴染むような感覚を覚えた。


「これなら……行けるっ」


 仕掛ける。そう決めたレインはミティに銃を向けて躊躇いなく引き金を引く。

 狙うは眉間だ。放たれる弾丸もゴム弾などではない。本物の銃弾だ。当たれば痛いなどではすまない。


「いきなり眉間かぁ。容赦ないね」


 視認できないほどの速さで迫る弾丸に対し、ミティは呑気に笑い、避ける素振りすら見せない。


「ほいっと」


 自身に迫る銃弾をミティは指で挟んで止めてみせた。

 とても人間技ではない。人差し指と中指の指先だけを魔力で覆って、怪我から守ると同時に銃弾の威力を殺したのだ。

 しかしレインに動揺はない。その程度のことはできると知っていたからだ。

 レインはそのまま右手に持った銃で今度は右肩を、左手に持った銃でミティの左足を同時に狙う。


(前までよりも狙いがつけやすくなってる。それに弾速も俺が思った以上に速いし、反動も小さい)


 明確に感じる以前までとの差。僅か一週間でこれだけの改良をしてくれたルーナルに内心感謝しつつ、手を緩めることなくミティに追撃を仕掛ける。


「甘い甘い。そんなんじゃ私には傷一つつけられないよ」


 右肩と左足に迫っていた銃弾を先ほどと同じ要領でミティは掴み取る。

 しかし今度は続けざまに五発放った。いくらミティとはいえ、同時に、別々の場所に迫る弾丸を掴み取ることはできない。


「できないって思った? 残念でしたー」


 目にも止まらぬ速さでミティが腕を振る。そして次の瞬間にはもうミティに迫っていた銃弾は全て消え去っていた。


「っ」

「狙いは悪くないんだけどねー」


 ミティが掴み取った銃弾がパラパラとミティの手から零れ落ちる。


「ほらほらどうしたの。これで終わりじゃないでしょ」

「当たり前だ!」


 このまま撃っていても当たることはない。そう判断したレインは直接隙を作るために殴りかかる。

 銃で戦うことが基本となっているレインだが、だからと言って体術を疎かにしているわけではない。むしろその逆だ。レインを相手に距離を詰めてこようとする敵は多い。その対処をするためにも体術は鍛え上げているのだ。


「ふっ」


 銃を撃ちながらミティとの距離を詰め、目の前でレインは銃を二丁とも頭上に放り投げる。


「へぇ」

「はぁっ!」


 最初に放った右のストレートは容易く受け止められる。しかし最初の一撃はフェイントだ。力もほとんど込めていない。

 そのまま間髪入れずに今度は左の掌底打ち。力の込め方、速度、体重移動。全てが完璧だと判断できる一撃。

 面白そうに目を細めるミティ。それまで受けに徹していたミティがそこで初めて動いた。

 両腕を広げ、防御の姿勢すら見せない。まるでレインの一撃など効きはしないと言うかのように。

 明らかな挑発だった。しかしそれでもレインに引くという選択肢はない。

 渾身の一撃がミティの鳩尾に突き刺さる。


「なっ!?」

「ふふ、温いなぁ」


 レインの顔に驚愕の表情が浮かぶ。レインの攻撃は確実に命中していた。だというのに、ミティは一歩も後ろに下がらないどころか、笑みを浮かべていたのだ。

 

「掌底っていうのはね、こうやってやるんだよ」


 その次の瞬間、レインの体が宙を舞った。


「がはっ!」


 何が起こったのかまるで理解できなかった。攻撃していたのはレインのはずだった。しかし、宙を舞っているのはミティではなくレインだ。

 まるでレインの掌底の威力をそのまま……否、倍以上にして返されたかのようか感覚。

 衝撃で飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めながらミティの方を見る。すると、ミティは左腕を振りぬいた姿勢だった。

 つまり、レインは視認できないほどの速度で掌底打ちをされたのだ。


(動きの起こりすら見えなかった……なんつー速さだよ)


 全ての行動には予備動作というものがある。レインが掌底打ちをする際に溜めを作らなければいけないように、行動をする際には必ず起こりが存在するのだ。しかし、ミティにはそれが無かった。

 だからこそレインも防御の姿勢すら取ることができず殴り飛ばされてしまったのだ。


「くっ……はぁ……まだだ!」

「お?」


 体がまだ動くことを確認したレインは着地すると同時に放り投げていた銃を掴み取る。

 そう、レインはミティからの反撃をくらうことを予測していたのだ。無挙動からの掌底打ちは予想外だったものの、飛ばされる位置もおおよそレインの予測した通りだった。

 銃を掴みとったレインはそのまま引き金を引く。


「驚いた。まさか飛ばされる位置予測してたなんて。でも、不意をついたって結果は……って、へ? うわわわわっ!」


 先ほどと同じように銃弾を掴みとったミティだったが、今度の銃弾は先ほどの同じものではなかった。


「爆ぜろ!」


 爆裂弾。レインの使う銃弾の中で罪弾の次に高価で、威力のある弾丸だ。

 レインは殴りかかる前に、弾丸を全て爆裂弾にリロードしておいたのだ。

 レインの言葉と同時に、ミティが掴み取った弾丸が爆発する。


「今のは効いたはずだ」


 爆炎がミティの体を包みこむ。至近距離からの高威力の爆発。多少はダメージが入ったはずだと、そう思っていた。

 しかし、その想像すら甘かったことレインはその直後に知ることになる。


「なっ!?」

「びっくりしたー。まさか爆裂弾使って来るなんて」


 ミティの体を包み込んでいた爆炎が、その右手に集まり始める。

 もちろん、ミティの体には傷一つついていない。爆発するその瞬間に、その爆発から魔法で身を守ったのだ。


「カウンターならいいんだよね。それじゃあ爆発をそっくりそのままお返しだー!」


 爆発の威力をそのまま右手に収束させたミティは、それをレインに向かって跳ね返す。

 その速度はレインの放った銃弾よりもなお速く、レインの視界は爆炎に包まれ——そこでレインは意識を失った。


 

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